≪整心科学研究所(埼玉県上尾市)≫自己治癒力で心身が整っていく - 2012

自己治癒力により心身を整えていく。量子力学・宇宙物理学・脳科学の観点から精神を捉えた新しい科学に基づいた療法。




[PR]



2012年12月28日(Fri)▲ページの先頭へ
317)超マイナス思考からの転換―過去から未来へ
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「超マイナス思考からの転換―過去から未来へ」について書きたいと思います。

≪いつも過去の話から始まり、今で終わり、そこから先が無いね。≫
この言葉に衝撃を受けました。
そして、『超マイナス思考なのは、未来に背を向けて後ろ向きに歩いているからだ。』と理解しました。
だとしたら、プラス思考に切り替えるには、
『過去に背を向けて、未来に向かって歩けばいい。』と思い至ったのです。

肉体は生まれてから死に至るまで、時間と共に成長変化していきます。
ですから、未来に向かって前を向いて歩いていると考えていることでしょう。
ところが、心の中の身体イメージは必ずしもそうではないのです。
「どうして超マイナス思考になるのだろう。プラス思考、プラス思考と言っているのになぜ?」と不思議に思っていました。
そんなある日、
≪いつも過去の話から始まり、今で終わり、そこから先が無いね。≫
の言葉に出会い、納得しました。

未来はまだ何も書き込まれていない白紙の世界だと考えてみます。
そこには、ある種の緊張感はあるかもしれませんが、
希望とあらゆる可能性が広がって見える世界のはずです。
一方過去は、書き換え不可能な事柄で詰まっています。
もし「余白」があっても、そこは「余白」であり書き込みはできません。
そんな過去には「書き換えたい後悔」がいっぱいあるでしょう。
「あの時、あんなことがなかったなら・・・・・」
「あの時、違う選択をしていたら・・・・・」etc
逆に、数少ない喜びに必死でしがみついているかもしれません。

そんな過去を見ながら後ろ向きに歩いていたら、
未来という白紙に対して、今見ている過ぎ去った過去の後悔の絵図を投影してしまい
希望よりは不安が、可能性よりも心配が勝ってしまいかねません。
そして、そんな過去から目や耳を逸らしたり、閉じてしまったりしたくなります。
見たくない、聞きたくないと心が叫び、
その心が「どうせ・・・」という言葉に代表される「マイナス思考」を生み出し、
不安や心配が増幅してしまって、いつしか超マイナス思考となってしまうのではないでしょうか。
このように考えたら、
「プラス思考、プラス思考」と言い聞かせたとしても
書き換え不可能の過去を見ている限り、
希望や可能性を持ち続けることは至難の業だといるでしょう。

ではどうしたらいいのでしょうか。
簡単です。
過去を向いている体を、未来の方へと向き変えればいいのです。
そして一歩を踏み出せば、前向きに歩いていることになるのです。

するとどうでしょう。
白紙の世界が見えるではありませんか。
まだ何も書き込んでいない自分の世界です。
好きなように、自由自在に創造できる世界が広がって観えます。
この時、人は今という場に立ち、過去のすべては確定したものとして今を裏側から支えています。
過去は後悔ではなく、反省と未来への貴重な宝庫となり、経験に裏打ちされた人生という歴史となるのです。
それが未来へのエネルゲンとなるのではないでしょうか。
振り返るのは「過去」です。
決して「未来」ではありません。
私たちが見つめているのはいつも「未来」です。

2013年という新しい年を、前向きに歩いていきましょう。
2012年までのすべてを裏打ちした、新しい白紙のキャンバスです。
白紙の未来に何を描きますか?
そう考えるだけでわくわくし、身体の中からエネルギーが湧いてくることでしょう。

精神分析という対話療法により、自分の無意識に気づき、
自らの意志で自由に書き換えることが可能です。
詳しくはこちらを参照ください。シニフィアン研究所http://signifiant-lab.com/
自分に気付くための講座や教室もあります。http://signifiant-lab.com/#11


2012年12月23日(Sun)▲ページの先頭へ
316)年末年始のお休み
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「年末年始のお休み」についてのご案内です。

冬至も過ぎ、明日はクリスマスイヴです。
今年も残り少なくなってきました。
シニフィアン研究所の年末年始のお休みについてのご案内です。

12月28日(金)〜1月3日(木)までお休みします。
新年は1月4日(金)から平常通り面談・スカイプ・電話・メール相談いたします。
なお、急を要する場合はこの限りではありません。
まずは、電話orメールにてご連絡ください。
対応させていただきます。

2013年1月度、関西出張は
1月8日(火)〜10日(木)の予定です。
詳しくは追ってお知らせいたします。
スケジュールも参照ください。http://signifiant-lab.com/#161

*ブログの更新が遅くなっておりますが、時間の許す限り更新したいと考えています。
 ご質問・ご意見などございましたら、こちらまでお気軽にご連絡ください。
シニフィアン研究所http://signifiant-lab.com/ 迎意 愛(むかい あい)


2012年12月18日(Tue)▲ページの先頭へ
315)摂食障害(過食・拒食)
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「摂食障害(過食・拒食)」について書きたいと思います。

以前にも、「摂食障害=接触障害」のタイトルで書きましたので参照して頂ければと思います。(http://blog.goo.ne.jp/kuutyann77/e/dd630d880d5c1838b77d311a24fe67a7参照)

≪痩せたい≫≪ダイエット≫
多くの女性にとって、少なくとも一度は覚えのある言葉ではないでしょうか。
最近、過食・拒食・嘔吐などの摂食障害で来談される方が増えてきました。
たいていは、まずご家族が心配し、
早く元通りに食べるようになって欲しいとの必死の思いで、病院や心療内科に連れてゆきます。
ところが、本人は案外ケロリとしている場合が多いようです。
それでも心配な気持ちが収まらないとして、来られる方が多いようです。

ここでは、過食・拒食などの摂食障害を、精神分析的な観点から考えてみたいと思います。
「食」は主に、口を通して取り入れます。
このことを、心の状態と等価なものと考えます。
すると、
過食・拒食は、食に関する過剰な「取り入れ」と「拒否」であり、
過剰に「取り入れる」「拒否する」心の状態ということになります。
つまり、過食・拒食などの摂食障害は、
過剰に何かを取り入れたい欲望と、それを拒否したい欲望の間を揺れ動いている心の状態となります。

では、一体彼女(女性が多いので)は何を欲望しているのでしょうか。
最初の食=母乳(ミルクも含む)の観点から『食=母』との図式が見えてきます。
ここから、彼女の欲望しているのは『母』だと考えます。
次に、どのような母を欲望しているのでしょう。

食べる=一体化(胎内化)とも言えますから
『母との一体化=胎内化を欲望している』とも言えます。

それは不可能なことは解っていますから、
母を食に置き換えて代理満足しようとする心の働きが過食となると考えます。
ところが、どんなに取り入れてもそれは母ではありませんから、
それに気付くやいなや、一気に嘔吐や拒食に転じます。
過食が続いて肥満した妊婦のような姿からは、
彼女を妊娠していた頃の母の姿に同一化しているとも見えなくもありません。

他には、
母と二人っきりになることを求めたり(車で二人だけで出かける、一緒に寝るなど)、
かと思ったら、いきなりあっちへ行けと言ったりもします。
様々な方法で母を振り回し、オロオロさせ、楽しんでいるかのようにも見える場合もあります。

彼女は、母と一体であった時の再現を欲望しているかのようです。
つまり、母との一体化を求めているのですから、
それに近い状況を与えるには≪ギュッと抱きしめること≫ではないでしょうか。
母の肌の温もりと圧力を感じることで、母との一体感を感じ取る。
そこからスタートです。

そのことをお母さんにお話ししますが、実際に娘さんを目の前にすると難しいようです。
なぜなら、そのお母さん自身もそれを求めている場合が多いからです。
ですから、娘さんに具体的に、どのタイミングでどのようにすればよいか解らないと言います。
「難しい」と言います。
そこにお母さん自身の葛藤が見えます。
それを理解するには「精神分析」という対話療法が必要になるでしょう。
娘さんにも、お母さんにも必要な時間をかけ、適切な対応をしていけば、
必ず二人で笑いあえる日がきます。

その実例を紹介していますので参照ください。
「思春期の悩み」http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
ご質問・ご相談は、シニフィアン研究所へどうぞhttp://signifiant-lab.com/


2012年12月13日(Thu)▲ページの先頭へ
314)子育て(心育て)に即効薬はない
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「子育て(心育て)に即効薬なはい」について書きたいと思います。

悩みがあれば、一日も早く解決したいと思う。
親にとって、それが子どものことであれば、なおのこと。
不登校や引きこもりであれば、早く学校や社会に参入して欲しいと願う。
非行や暴力など、問題行動があれば、早く止めて欲しいと思う。
当然のことだと思います。
でも、あえて『子育てに即効薬はない。それぞれの子どもに必要な時間と手間をかけ続けて初めて心も育つ。』と言いたいと思います。

*********************************************

引きこもりをしていた息子さん(Mさん)と、そのお母さんの例を紹介します。(両人の了承済)
あるキッカケから、不登校、引きこもりとなったMさん(当時小5)。
昼夜逆転、ゲーム三昧、夜遊び、暴力など繰り返した後、
高校卒業と同時に、たまたま出会ったバンド仲間と共に、好きな音楽の道へと歩み始めました。
「先がまったく予測できない道だけど、好きなことだから今は楽しい。
バイトを掛け持ち、都会での6畳ひと間の共同生活は厳しいけど、何とかやってる。」
そんな最近のMさんです。

一方、Mさんのお母さんは、
家の中は悲惨な状態で、家のいたるところにMさんが開けた大きな穴がありました。
金属バットで追いかけられた時には、警察に電話をしようかと何度も迷ったそうです。
いわゆる荒れた状態です。
そんな中、毎日が緊張の連続で疲れ果て、体調もすぐれず、
「いっそこの子と・・・・・」と思いつめることも一度ではなかったといいます。

このようなMさんとお母さんに当時のことを聞いてみました。
Mさんは「何かわからないけど、ぶつけるしかなかった。口うるさい親にイライラしていた。気が付いたら穴を開けてた。」
そして、お母さんは
「オールOKと言われて、何がなんだか解りませんでしたが、とにかく私が息子を諦めたらダメなんだと、それだけは心に刻むようにしていました。まだ先は見えませんが、好きなことを見つけて自分の足で歩こうとしている息子を見て、あの辛く苦しかった日々が過去のことだとやっと思えるようになりました。」と語りました。

「オールOK」と出会ってから7年余り、長い月日かもしれません。
それでも、Mさんとそのお母さんにとって必要な時間だったと思います。
オールOKでMさんに向き合うために、お母さんが努力したこと。

・どのようなMさんであろうと、決して見捨てず、すべて受け入れる覚悟をもつこと。
・暴れるのは、Mさんの思う通りになっていないからだと理解すること。
・Mさんは、お母さんがいつか自分のことを分かってくれると思っていること。

これを基本に、Mさんに一貫性を持って向き合う努力をすることで(必ずしもできたわけではありません)、
お母さんはMさんの言葉をまったく聞いていなかったことに気づきました。
そして、「まず、自分が言う前に、Mさんの言うことを聞こう」と決意したそうです。
もちろん、すぐにはうまくいきません。
が、努力しているうちに、Mさんにも変化が見られるようになってきました。
まず、壁に穴を開けなくなり、ポツリポツリと話もするようになりました。

その後も、紆余曲折がありましたが、7年という歳月を歩んできた二人です。
かかる時間と内容は、状況や人によって違います。
他の人と比べることはできません。
ですが、Mさん母子を通して学んだことは
「子育てに即効薬はない」ということと、
「母が子を見捨てず、すべてを引き受ける覚悟を持っている限り、いつか子どもは自分の歩む道を自ら探し出すであろう」ということです。

すべての人に当てはまるかどうかは明言できません。
ただ、これまで関わった方々を通して、心を育てるには、
すべてを引き受ける覚悟を持ち(=「オールOK」で向き合う)、
個々人に必要な時間をかけることが大切であることを伝えたかったのです。

オールOK子育て法はこちらを参照ください。http://signifiant-lab.com/raise/
子育て教室http://signifiant-lab.com/#10も開催しています。




2012年12月09日(Sun)▲ページの先頭へ
313)(インター)ネット依存
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「インターネット依存」について書きたいと思います。

「インターネット(以下ネットと呼ぶ)依存」は今月の関西での《フリートーク》のテーマでもありました。
「ネット依存」は、克服していない幼児期の甘えの再現と反復であり、
自律することの不安の防衛からくる「しがみつき」だといわれます。
この「しがみつき」から脱出し、自律するにはどうすればよいのかを考えたいと思います。

まず、「ネット依存」を二つに分けてみます。
一つは『依存』、もう一つは『ネット』です。

☆ 『依存』について
《これなくしては生きられない》
《これこそ我が命》
《これしかない》
といって自分を依存している対象に埋没(一体化)させることを指します。
また、根底には「甘えたい欲望」があると考えます。
『甘えと依存』は乳幼児期には必須のものであり、
この甘えと依存を断ち切り自律してゆくことが、
成長することであり、大人になることだと考える観点があります。
この観点から考えた時、
『依存』は、乳幼児期の甘えと依存を求め続け、自律することへの不安から、しがみつこうとしている状態といえます。

☆ 『ネット』について
ネットは、社会的にも個人的にもなくてはならない必須アイテムとなっています。
ですから、そのことの是非をいうものではありません。
ネットといっても様々な形式がありますが、
ここでは主にメールなど文字を中心としたものとして考えます。
人と人が向かい合う現実の会話と、携帯やスマートフォンなど文字での会話との違いは何でしょうか?
その一つは
≪なりすまし(幻想の世界)≫が可能かどうかではないでしょうか?
男性が女性に、60歳が20歳に、社長やセレブなど、いかようにも変身可能です。
現実ではかなり難しいことでしょう。
このように、ネットの世界は
幻想・虚構の世界でなりたい自分になれる世界(自分の思うようにあやつれる世界)だといえるでしょう。

これら二つを合わせた「ネット依存」は
甘えと依存を断ち切り自律することへの不安から自分を守るために、
現実世界からネットという幻想世界にしがみつくことで、分離不安を防衛する方法だと考えられます。
それゆえに、
メール送信してもすぐに返信が来ないと不安(分離不安or見捨てられ不安)になり、
自らもすぐに返信をしないと相手から見捨てられるこしれないという切迫感に駆られるのでしょう。
そして、現実の世界よりもネットという幻想の世界の方が
自分が存在しているとの実感が味わえるように感じて、ますますのめり込む。
常に携帯し、画面から目を離さないようにしないと自分の存在がなってしまう。
こうして、ネット依存は益々加速し続け、断ち切ることなど不可能となってゆくようです。

確かに、携帯やスマートフォンの向こう側には人がいます。
ですから、間接的にではあるものの、その人と繋がっていると思えるのでしょう。

メールを送信したら=要求が出たら
すぐに=敏速に
返信が=的確に
届く=行動で応える
そうすると安心する

この≪要求が出たら、敏速に、的確に、行動で応える≫とは、まさしくオールOK子育て法の基本でもあります。
ということは、
「ネット依存」とは、現実世界では手に入らない≪オールOK子育て法≫を、ネットという幻想の世界で満たしたいと叫んでいる姿だと思えてくるのです。
もしそうだとしたら、「ネット依存」から脱出するには、
まずは現実世界の中で、「オールOK」をしてもらう体験をすることではないでしょうか。

子育てにおいて、子どもが「ネット依存」にならないためには、
現実世界の中でオールOKの視点で子どもに向き合い、応え続けることだと思います。
そうすれば、ネットという便利なアイテムを有効に活用することでしょう。

「ネット依存」をしていると気付き断ち切りたいと考えている人は、
まず、「ネット依存」によって自分が何を求めているのかを知り、
それを手にいれたなら、きっと自律への道は開けると思います。
また、「ネット依存」の人を何とかしたいと考えている家族の方は、
オールOKの観点でその人に関わることで、変化が見られることでしょう。

オールOK子育て法はこちらを参照ください。http://signifiant-lab.com/raise/
オールOK子育て相談・勉強会も開催しています。http://signifiant-lab.com/


2012年12月03日(Mon)▲ページの先頭へ
312)ネット依存―フリートークに先駆けて
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、6日のフリートークのテーマ「ネット依存」について書きます。

詳細については、関西出張から戻ってまとめたいと思います。
ここでは、いくつかの問題提起をするにとどめます。

・「依存」とは?(「耽溺」アディクションとの違い)
・どうして「依存」してしまうのか?
・なぜ「ネット」なのか?他の依存とどう違うのか?
・「依存」は断ち切れるのか?断ち切れないのか?
・断ち切れるとしたなら、どうすればよいのか?

これらを中心にフリートークをしたいと考えています。

興味のある方は、連絡ください。
6日は和歌山出張所でのフリートークで語り合います。
その他、ご希望に応じて埼玉でも開催します。

詳しくはシニフィアン研究所の迎意愛(むかいあい)までどうぞ。
http://signifiant-lab.com/
3日〜7日までは携帯へ連絡お願いします。


2012年12月01日(Sat)▲ページの先頭へ
311)12月関西出張のお知らせ
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「12月関西出張のお知らせ」です。

いよいよ師走となりました。

12月の関西出張は、12月4日(火)〜6日(木)です。

講座・フリートーク・面談スケジュールです。
*4日(火)―和歌山
 ・9:30〜11:30 インテグレーター養成講座<口唇期>  
 ・12:30〜終日 面談

*5日(水)―和歌山
 ・10:00〜12:00 インテグレーター養成講座 
 ・13:00〜15:00 ラカン講座<他者の欲望>
 ・19:00〜21:00 インテグレーター養成講座<肛門期>
 ・8:30〜終日面談

*6日(木)―和歌山、大阪
 ・10:00〜12:00 フリートーク
  テーマ≪ネット依存と心の支援≫
   お茶とお茶菓子を食べながら、語り合いましょう。
   どなたでも参加OK、飛び入り歓迎です。
   参加費は一人1.000円(小学生以下無料)
  
 ・1:00〜16:00 面談
 ・17:00〜22:00 大阪市にて面談
    
*7日(金)― 新宿・大宮周辺      

面談はもちろん、スカイプ・電話・メールでの相談、講座も開催しています。
要請があれば、全国どこへでも出張しています。
詳しくはこちらまでお問い合わせください。
(3日午後から7日夕方までは携帯へご連絡ください)

シニフィアン研究所のスケジュールを参照ください。http://signifiant-lab.com/#


2012年11月26日(Mon)▲ページの先頭へ
310)木村荘八―大震災と下町の風景
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「木村荘八―大震災と下町の風景―生きる意味」 について書きたいと思います。

11月20日放送の「開運なんでも鑑定団」で木村荘八21歳の油絵が紹介され、
その時の鑑定士永井龍之介氏が木村荘八について語ったことが耳に止まりました。
それは
「木村荘八は1923年の関東大震災後、二度と戻らない下町の風景を描くようになった」
という内容です。
木村荘八(以下荘八と呼ぶ)と下町の風景の関係を通して、『生きる意味』を考えてみたいと思います。

荘八にとって東京の下町の風景は、生まれ育った馴染みの風景であり、
関東大震災により失われ、二度と戻らない風景となってしまった。
それまでは、特別な思い入れがあったとの認識はなかったかもしれない風景。
それが完全に失われ、二度と見ることができないものとなってしまった。
どんなに復興しても、元の下町は二度と見られない。
それゆえ、絵や文字で表現するしかない風景となってしまった。
つまり
『失ってしまったがゆえに、欲望する対象となった』
荘八は絵や文字を描くという行為によって、再現する対象となった。
それが荘八にとって絵や随筆を描く意味=洋画家、随筆家、版画家として生きる意味となった

荘八にとって生きる意味とは、失われた下町の風景の再現であり、
それは元の下町ではないがゆえに、永遠に尽きることのない欲望の対象となった。

この荘八のように、『永遠に失ってしまったもの』があるからこそ
それをもう一度取り戻したいと欲望する。
その欲望を持つことが、その人にとっての生きる意味となるのではないでしょうか。

生きる意味がないと思っている人、
見つからないと考えている人、
生き方に迷っている人、
誰にも必ず『永遠に失ってしまったもの』があるはずです。
それを探しませんか。
そこにあなたの生きる意味を見い出せるかもしれません。

興味を持たれた方はシニフィアン研究所のHPを参照ください。http://signifiant-lab.com/
精神分析という対話療法で『永遠に失ったもの』を知ることが可能です。
「私と精神分析」もご覧ください。http://agency-inc.com/analysis6/


2012年11月22日(Thu)▲ページの先頭へ
309)社会参入する=家庭を出る
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「社会参入する=家庭を出る」 について書きたいと思います。

「社会参入することができない」
「対人関係がうまくいかない」
などの悩みを持っている人が増えています。
その結果、うつ、対人恐怖、引きこもりなどになりがちです。

「287)言葉を話す―対人関係―社会参入への第一歩」 でも書きましたが、
今日は、違った観点から考えたいと思います。

社会参入するとは、文字通り社会へ入ってゆくことです。
つまり、社会ではない場所に居ることが前提だということになります。
だからこそ、参入というのでしょう。

では、社会ではない場所とは?
大抵は「家庭」ではないでしょうか。
社会参入するとは、「家庭」から「社会」へ入ってゆくこと、と考えてみます。
家庭=内=私的空間とすると、
社会=外=公的空間となります。
この二つの間に、はっきりとした区別があってこそ「入る」「出る」の区別もはっきりします。

このように考えてくると
社会に入るとは、家庭を出ることであり、
内から外へ、私的空間から公的空間へ移行することを意味し、
内と外の区別、公私の空間の区別をすることを意味します。

この観点から、
社会へ出てゆくことに抵抗が強かったり、
対人関係がうまくいかない場合は、
家庭と社会の区別がはっきりししていないと考えられます。
このような時、まずは
家庭=内=私的空間をしっかり作ることが大切でしょう。
そして、その空間が安全安心の空間(場所)であり、リラックスできることを味わうことです。
それが実感できたなら、
家庭と社会、内と外、公私の空間の違いが理解でき、
必ず、内から外へと関心を持ち出て行こうとするでしょう。

ここで、ある女性の話をしたいと思います。
彼女は、同僚とうまく会話ができず、孤立していると感じていました。
誘われても、気疲れするので、断わることが多かったとのことです。
そこで
「あなたがリラックスする場所はどこですか」と尋ねたところ
「どこにもありません」と答えました。
「お家は?」と聞くと
「妹と共有の部屋で、どこに居ても、家族の誰かが居ます」とのことです。
それに他の理由もあり、一人になれる空間がなかったのです。
これでは、緊張の連続で、リラックスなどできません。
彼女にとって、会社はもちろん、家庭内も緊張の場所だったのです。

そこで、思い切って一人暮らしをすることを提案しました。
幸い仕事は何とか続けられていたので、ワンルームマンションを借りて引っ越しました。
その決断をするまで半年くらいかかりましたが、勇気を振り絞って実行しました。
その後も紆余曲折はありましたが、今では、
「狭いながらもすべては自分の思うようにできるから最高です。
どうしてもっと早く家を出なかったのか自分でも不思議です。」
と、笑顔で当時を振り返って語りました。

彼女もそうだったように、リラックスできる家(場所)を持ち、自立するには時間が必要です。
その時間は、その人にとって必要な時間ですから、長短では測れないことを言い添えたいと思います。

シニフィアン研究所では、このような具体的な勉強会をしています。
興味を持たれた方は
シニフィア研究所http://signifiant-lab.com/までお問い合わせください。
不登校や引きこもりはhttp://signifiant-lab.com/escape/
摂食障害・暴力・リストカットなどはhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
恋愛・結婚はhttp://signifiant-lab.com/woman/
トラウマ・PTSDはhttp://signifiant-lab.com/trauma/を参照ください。


2012年11月19日(Mon)▲ページの先頭へ
308)寄り添うことは聴く(知る)ことでもある
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「寄り添うことは聴くことでもある」 について書きたいと思います。

175)寄り添うとは? でも書きましたが、
今回は、寄り添うとは、まず相手の言うことを聴く(知る)ことだと言いたいと思います。

寄り添うためには、まず、相手が居る場所を知る必要があります。
相手が居る場所とは、
「何に関心をもっているのか」
「何について考えているのか」
「どのように感じているのか」などの意味です。

知るためには、相手に質問する(聞く)ことです。
ここで注意することがあります。
それは決して自分の想像で考えないことです。
例えば
「きっとこのように考えているに違いない」
「あれはこのように言いたいのだろう」と想像しないことです。
これは『勝手な思い込み』となる可能性があるからです。

ここで、「寄り添う」ということを理解するために、たとえ話をしましょう。
あなたの家に初めて訪ねてくる人(Yさん)に、道案内(徒歩で)します。
今、Yさんが最寄りの駅に着いたと電話がありました。
駅からあなたの家まで電話で、「Yさんに寄り添った」道案内をしましょう。

さあ、Yさんが間違わないように進むための道案内をしてください。
まず最初、どのような言葉をかけますか?

よくありがちな言葉は
「〇〇という建物(目印になるもの)があるので、そちらに歩いてください」
「〇〇という建物が見えますか?」etc

これらの案内は、Yさんとあなたの間に距離を感じる表現ではないでしょうか。
だとしたら、寄り添った案内だとは言い難いでしょう。
ここで、寄り添った道案内と思う一例を紹介します。

『Yさんの目の前には何が見えますか?』

このような質問(聞く)はいかがでしょう。
Yさんの目に映ったものを聞き、その中からあなたが思っているものを名指しする。
そうすれば、確実にYさんは目当てのものを選択できるでしょう。
つまり、
常にYさんが主導になり、あなたはYさんの言葉に付いてゆく。
そうすると、道案内しているあなたも、Yさんが今どこを歩いているかが目に浮かぶことでしょう。
Yさんもあなたが一緒に付いて来てくれていると感じ、
安心して目に映る景色を伝えてくれることでしょう。
このようにすれば、
あなたもYさんも互いに安心して、出会える瞬間を待てるのではないでしょうか。

少し長くなりましたが、
『寄り添うことは聴く(知る)ことでもある』ことが理解できたでしょうか。
寄り添うことは、相手主導で進めること。
自分の想いは白紙にし、相手の言葉をよく聞くこと(聴く)。
疑問に思ったら(迷ったら)、相手に質問すること。
このように言えるのではないでしょうか?
これらの方法は『オールOKすること』にも繋がります。

具体的な質問の仕方、対応の仕方などの教室、講座をしています。
詳しくはシニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
オールOK子育て法はこちらです。http://signifiant-lab.com/raise/


2012年11月15日(Thu)▲ページの先頭へ
307)認められて自信が持てる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「認められて自信が持てる」 について書きたいと思います。

「自分に自信がない」「自信が持てない」という人が居ます。
それは、認められた体験が少ないからではないでしょうか。
なぜなら、人は他者に承認されて初めて、自認できるからです。

例えば、
「自分は〇〇と思う。でもこれで合っているのだろうか?間違っていないだろうか?」
このような考えが湧き上がってきた(不安になった)時、
誰かに確かめたくなる、そして間違っていないと認められたらホッとする。
「これでこれでいいんだ。間違っていなかったんだ。」
と安心することでしょう。

このような不安は、すべての人が持っていると言われます。
鏡に映った姿を自分だと思えるのと同じです。
『これが〇〇ちゃんよ』と、誰かから言ってもらったことがあるから、
鏡に映った姿を間違いなく自分だと信じている(自認or自信)のです。
つまり、
自分以外の誰か(他者)から認められることによって、自認できるのです。
逆に言えば、
自認するためには、他者の承認を必要とすると言えるでしょう。
他者から承認されることによって自信を持つことにもつながるのです。

自分でどんなに『間違いない』と思っていても
他者の承認がないとそれが確定しない、安心できないのではないでしょうか。
だから他者の存在が気になるし、
他者の目が気になり、
他者の評価が気になるのでしょう。

「自分に自信を持てない人」
「他者の目や評価が気になる人」
それは、人間であるがゆえ他者からの承認を必要とする。
にもかかわらず、他者から承認と賞賛を受けた体験が少ないから、といえるのではないでしょうか。
その誰かとは
自分が信頼を寄せる人であり、ただ一人の人である必要があるでしょう。
ここからも、『オールOKすることの必要性と大切さ』が理解できるのではないでしょうか。
≪この人だけは自分を承認してくれる≫
このように思える体験がありますか?
そのように思える人がいますか?
その体験が、どんな時も自分を支え、自信を持ち続ける基になることでしょう。

シニフィアン研究所のHPも参照ください。http://signifiant-lab.com/
不安を安心に書き換える面談、勉強会、講座もしています。
「オールOK子育て法」のサイトはこちらです。http://signifiant-lab.com/raise/



2012年11月13日(Tue)▲ページの先頭へ
306)虐待と無視
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「虐待と無視」 について書きたいと思います。

虐待されるのが分かっているのに、結局舞い戻ってしまう人がいます。
周囲の人は、『どうして?』と理解に苦しむことでしょう。
それは
その人にとって、自分が間違いなく存在し、生きていることの証となっているからではないでしょうか。

『虐待は嫌だけど、少なくとも虐待されている間は自分が生きている実感がある』
『私は彼に、(虐待する対象として)必要とされている』
このように語った人がいました。

何よりも『無視される』ことを恐れているかのようです。
それほど、無視されることは、人にとって辛いことなのです。
(これについては、以前にも書きましたが)

無視=自分という存在が無くなるに等しい

だから
「無視されるよりは、まだ虐待の方がましだ。だって、私がそこに居るから虐待する。
居なかったら、虐待すらできはしないのだから。」
と思ってしまうのかもしれません。
つまり、
虐待されることが、少なくとも自分が存在し、生きていることの証となっているからです。
このように考えてみると、
虐待されるのが分かっていながらも、結局戻ってしまう理由が少し理解できるような気がします。

どうしてこれほどまでに、人は自分の存在が無くなることを恐れるのでしょうか?
どうしてこれほどまでに、自分の存在を証したいと思うのでしょうか?
これについては、後日考えてみたいと思います。

ご意見、ご質問はシニフィアン研究所までご連絡ください。
http://signifiant-lab.com/
トラウマのサイトもあります。http://signifiant-lab.com/trauma/


2012年11月12日(Mon)▲ページの先頭へ
305)透明人間−幽霊(ファントム)になる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「透明人間−幽霊(ファントム)になる」 について書きたいと思います。

「あなたにとって私って何?」
「私が存在している意味はあるの?」
このような問いかけをしたことはありませんか。

これらの問いかけに対して、他者から
「私にはあなたが必要だ」→「あの人には私が必要だ」
「あなたに居て欲しい」→「私はここに居て良い」
と言われた(思えた)なら、
自分の存在を肯定し、存在している意味を見い出すことができるでしょう。

ところが、話しかけたのに無視されたり、否定されたり、拒否されたり、途中で遮られたら、
自分の存在を否定されたように感じたり、
存在している意味がないと思ってしまう可能性があります。
少なくとも、語りかけた相手にとって、自分という存在は必要ない。
つまり、存在している意味はない。
このように感じてしまう。
そうすると
一気に自分の存在が透明になり、その場から消えたくなってしまう。
これが、ここでいう≪透明人間≫であり、幽霊(ファントム)です。

悩みを抱えた人たちの話を聞いていると
「消えたい(逃げたい)」「消えてしまいたい」「居場所がない」という言葉をよく聞きます。
それは
体はその場にあるけれど、その場に居る意味がない。
=透明人間=ファントム(幽霊)と等価であるといえるのではないでしょうか。

このように、「無視」「否定」「拒否」「切断」は、人を
透明人間=幽霊(ファントム)=人間でないものにしてしまう可能性があります。
そうならないためには
「肯定」「承認」「受容」が必要であり、
その前提として『よく聴くこと=傾聴』が大切だと言いたいと思います。

聴いてくれる場所がありますか。
聴いてくれる人がいますか。
透明人間になっていませんか。
幽霊(ファントム)になりつつありませんか。

シニフィアン研究所のHPを参照ください。http://signifiant-lab.com/
要請があれば、全国どこへでも出張します。
詳しくはこちまでお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/#8



2012年11月11日(Sun)▲ページの先頭へ
304)家庭内暴力と怒り
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「家庭内暴力と怒り」 について書きたいと思います。

暴力の背景には一体何があるのでしょうか。
それは『怒り』 であり、その解決方法は『怒りの基をよく聴くことだ』と言いたいと思います。

青少年の家庭内暴力や、恋人・夫婦間の暴力(DV)の相談を通して観えてくるものがあります。
それは『怒り』です。
その内容は様々です。
ただ共通しているのは
≪何で解ってくれないんだ!≫との叫びです。

ある男性(DV)が言いました。
「手を出すのは悪いのは分かっている。しかし、あいつは俺のことを理解しようとしないんだ。だから殴ってしまうんだ。」
また、ある少年は
「母さんは、オレに文句を言うことしか知らない。オレの言うことを聞こうとはしないんだ。」
「オレに正面から向かって来いと言ってるのに、良い親面ばかりしてやがる」
と、言いました。

暴力は決して容認できるものではありません。
まして、その対象が弱者であれば言うまでもありません。
ただ、暴力を振るってしまう側に目を向けた場合、
そこには、
「相手が、オレの言うことを聴こうとしない。」
「オレの言う通りにしない。」
などの不満が見えてくるように思います。

暴力はいけないことだと頭では分かっています。
しかし、相手に解らせるためには、もはや暴力という方法しかない。
あるいは、暴力という方法でしか伝わらないと思ってしまっている。
そんな気がします。

「話せばわかる」という言葉があります。
彼らの話を聞いていくと、
彼らも最初は、相手に対して話して(言って)いるのです。
「〇〇してほしい」
「〇〇したい」etc
ところが、
無視されたり、否定されたり、説教されたりして自分の思うように相手が動いてくれない、聞いてくれない、
そのような状況に直面し、最初は我慢しています。
それらは一度ではなく、何度も繰り返され、幾重にも積み重なり、
やがて≪怒り≫となって蓄積されていきます。

それらの蓄積した怒りが、ちょっとしたキッカケによって
一気に爆発するようです。
『クソッ!またかよ!』
『そんなこと言ってないだろ!』と我慢してきた怒りが一気に湧き上がってくるのです。
これが、家庭内暴力やDVと言われるものとなるのです。

これらに対する方法は、まず『聴くこと』です。
彼らは、そもそも何を求めているのか?
何を言いたくて伝わらない、聞いてくれないと思っているのか?
ここから向き合ってゆくことです。
これには第三者の介入が必要となるでしょう。

具体的なことはさておき、ここでは、
家庭内暴力やDVなど「暴力」の根底には何らかの『怒り』の蓄積があることを書きました。
その『怒り』が何であるかを知るには、相手の言うことをよく聴くことです。
精神分析という方法によってその怒りを明らかにすることが可能です。

聴いているにも関わらず、解らない、聴けない方、興味を持たれた方は
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
勉強会、講座もあります。 http://signifiant-lab.com/#10 http://signifiant-lab.com/#11


2012年11月05日(Mon)▲ページの先頭へ
303)お互いのズレから始まる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「お互いのズレから始まる」 について書きたいと思います。

オールOKで向き合うことは、自己肯定、自己価値、自信を高めることだと書きました。
今日は、あらゆる問題は、まずお互いのズレから始まると言いたいと思います。
ここでは、母子関係を中心に考えたいと思います。
なぜなら、対人関係は母子関係から始まるといえるからです。

特に、非行や引きこもり、暴力など問題行動だと呼ばれる人たちは、
それらの行動を通して、自分を理解してほしいと訴えていると感じます。
自分に向き合ってほしい。
見捨てないで欲しいと叫んでいる。
そのように痛感するのです。
それに対し、周りの人たちも、何とかしたいと必死の思いを抱えています。

ところが、残念なことにお互いの思いがズレていて、うまくかみ合っていない。
それゆえに、お互い増々エスカレートし、収拾がつかなくなってしまっている。
それは一種の『コミュニケーション障害』だと言えるでしょう。
お互いが、「どうして解ってくれないのか」と嘆いている。
通じなさに対して、歯がゆさを感じている。
それが一段と互いを刺激し合うことになる。
この悪循環から抜け出せなくなってしまっている姿が見えます。

その打開策の一つは
まず、何を求めているかを知り、その求めている物を与えることです。
これが≪ズレの調整≫です。

この時、大切なことは
「母が子どもの想い(価値観、考え、物差し)に合わせること」です。
そのためには、一度母は自分の想いを捨てることが必要です。
このことを以前「馬鹿になる」と書きました。
つまり、母と子どもの思いのズレを調整するためには
母の方から自分の想いを捨て、子どもの想いに合わせることが必要です。

逆に、親の想いに子どもを合わさせることは、一種の「見捨て」だと言えるでしょう。
母が見捨てたなら、それは糸が切れた凧同然です。
母が子を見捨てる=子どもが母を見捨てる
に繋がり、それ以後、見捨てられた子どもは社会に甘えることになります。

そう言える両方の症例がたくさんあります。
ただ、ここに紹介できないのが残念です。
それら症例を通して、痛感することは
「母が見捨てなければ、紆余曲折があっても、子どもは必ず自分で自分の歩く道を見い出す」
ということです。
そのためには、親子のズレを調整することからだと言いたいのです。

ただ、なるほどと思ってもなかなか子どもを目の前にすると実行的ないのが通常です。
その原因は、親の側の無意識と呼ばれるものにあります。
それを知らない限り、葛藤が生じるでしょう。
その無意識を知る方法が『精神分析療法』なのです。

興味を持たれた方はシニフィアン研究所のHPを参照ください。
http://signifiant-lab.com/
明日6日から8日までは関西におります。
近隣の方は面談可能です。
お問い合わせ、ご連絡は携帯へお願いします。http://signifiant-lab.com/#8


2012年11月04日(Sun)▲ページの先頭へ
302)子どもは母の想いの結晶
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「子どもは母の想いの結晶」 について書きたいと思います。
子ども(特に女の子)は母の想いの結晶であり、
それゆえ、子どもの言動に母は向き合う覚悟が必要だということを考えたいと思います。

よく耳にする言葉を思いつくままに書いてみます。

*子どもができたら、親が結婚を認めてくれると思った。
*妊娠したら彼が結婚してくれると思った。
*子どもができたら、夫が真面目に働いてくれると思った。
*子どもができたら、家庭に戻ってきてくれる(彼女と別れてくれる)と思った。
*老後のことを考えたら、子どもがなかったら寂しいから産んだ。
*自分が果たせなかった夢を、子どもに託したかった

自分がどんな扱いをされてきたかを親に見せつけたかった。
と語った母親もいました。
ある女性は
「女の子にどうしても付けたい名前があった。なのに、一人目は義親の反対で付けられなかった。
だからどうしても、もう一人女の子を産みたかったんだと思います。」と当時を振り返って言いました。
また、ある女性は
「この忌まわしい血は私の代で終わりにしたい。だから絶対子どもは作りません。」
と言い切りました。
枚挙に暇がないくらいあります。

このように、
意識する、しないに関わらず、その状況に違いはあるものの、
女性が妊娠するのは、何らかの強い想いがあることが予測されます。
惟能創理氏もその著書『心的遺伝子論』の中で書いています。
≪女の子は母の想いの結晶といっていい≫と。

だからこそ、
自分はどのような想いで妊娠し、産んだのかを知る必要があるのではないでしょうか?
子どもは(女の子に限らず男の子も)母の想いの結晶だとするならば、
その子どもが非行・ひきこもり・暴力など様々な困ったことをする時、
それらは、母へのメッセ−ジではないだろうかと考えてみる。
誰よりも、母に理解してほしいとの、必死の叫びではないだろうかと振り返ってみる。
そのような視点から考えてみるならば、
観えなかったものが観え、聴こえなかった声が聴こえてくるように思うのです。

子どもは母の想いの結晶である。
この視点から子どもの言動を観てみませんか。
精神分析という対話療法でそれは可能となります。

興味を持たれた方、質問などは
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
『心的遺伝子論』についてはこちらです。http://signifiant-lab.com/books/
各種教室、講座も開催します。http://signifiant-lab.com/#10 http://signifiant-lab.com/#11など

*6日〜8日まで関西出張します。
関西方面の方は、この機会にご連絡ください。連絡先はこちらです。
なお、5日午後からは携帯へお願いします。http://signifiant-lab.com/#8


2012年11月03日(Sat)▲ページの先頭へ
301)オールOKの効果―自信を持つに至る
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「オールOKの効果」 について書きたいと思います。

子育てはもちろんのこと、非行や不登校や引きこもりの人たちに対して、
『オールOK』て対応することを推奨しています。
その経験の中で、オールOKの効果の一つを紹介したいと思います。
それは≪言葉を信じる=自己肯定=自信を持つ≫という効果です。

オールOKをしてもらう体験は
自分の要求がその内容の是非に関わらず、肯定される体験であり、
その体験が『基本的信頼感』の基礎をつくると言われています。
基本的信頼感は、自己愛を育て、自己価値・自己肯定をもたらし自信を持つに至ります。
このような話をしていると、ある人が言いました。

「頭では理解できる気がしますが、本当にそのようになるのか信じられません。」
なるほど、と思いました。
体験したことがなければ、信じられなくても当然です。
では、体験しなくても信じられることはあるのでしょうか。
このような議論をしていても前に進まないでしょう。
そんな時、
『まずはやってみませんか?』と言います。
半信半疑でもいいですから、試してみませんか、と提案します。

それを聞いて、「やってみる人」と「やらない人」の差は何でしょうか。
それは≪言葉を信じるかどうか≫だと思うのです。
「オールOKすれば自信を持つに至る」
この言葉を信じるかどうかです。
語った人や言葉の内容が正しいかどうかではなく、ただ言葉を信じるかどうかです。

表現を変えていうと(誤解を恐れずにいうと)
「馬鹿になれるかどうか」ではないでしょうか。
聞いたまま(言葉)に従ってやってみる。
自分の考えや意見を入れずに言葉に従うこと、の意味です。
これが『オールOK』でもあります。
例えば
親が子どもに対してオールOKするとは
親の考えや意見を入れずに、「子どもの言った言葉の通りに行動する」ということです。
これを『聴く(耳を持つ)』とも言います。

そうすれば
自分の言葉が親に通じる⇒受け容れられた⇒自己肯定された⇒自信を持つ

これらの過程が揺るぎないと感じることができるまで積み重ねること、
オールOKし続けることが求められます。
それがそのまま、与える親の側も共に同じ体験をしていることになるでしょう。
つまり、親自身も自信を持つに至るということになるでしょう。

以上、オールOKをすることの双方の効果の一つだと思うのです。
伝わったでしょうか?

シニフィアン研究所では、
具体的なオールOKの方法を学ぶ講座や教室を用意しています。
希望により、フリートークなども開催しています。
興味を持たれた方は、お問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
子育てのサイトhttp://signifiant-lab.com/raise/
不登校のサイトhttp://signifiant-lab.com/escape/
思春期のサイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/



2012年11月01日(Thu)▲ページの先頭へ
300)11月度関西出張のお知らせ
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「11月度関西出張のお知らせ」 について書きたいと思います。
11月、霜月となりましたね。
今月の関西出張のお知らせです。

期間:11月6日(火)〜8日(木)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*6日(火)ー和歌山出張所
・ラカン講座 9:30〜11:30
・午後以降 面談

*7日(水)―和歌山出張所
・インテグレーター養成講座 10:00〜12:00
  『対象喪失』
・午後以降 面談
・インテグレーター養成講座 19:00〜21:00
 『精神発達論−口唇期』

*8日」(木)ー和歌山出張所
・フリートーク 10:00〜12:00
 テーマ『夫婦共謀』
 フリートークは、飛び入り参加も歓迎です。
 お茶菓子を囲んで、互いにテーマを中心に語り合いましょう。
 参加費:1人1.000円(小学生以下無料)
・午後面談
・夜6:00〜22:00―大阪市難波にて面談

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

和歌山市、大阪市近辺の方、面談ご希望の方は連絡ください。
まだ少し、時間の余裕があります。
*9日(金)7:00〜新宿近辺におります。

各種講座は予約制になっていますので、あらかじめご連絡ください。
連絡先はこちらです。
シニフィアン研究所サイトhttp://signifiant-lab.com/
5日午後以降は携帯へ、連絡ください。
面談中、移動中は出られませんので、連絡先など残しておいてください。
後ほど、こちらから折り返し、連絡させていただきます。


2012年10月31日(Wed)▲ページの先頭へ
299)引きこもりと自己奪還
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「引きこもりと自己奪還」 について書きたいと思います。

「母性剥奪」という言葉がありますが、
「自己剥奪」され、人間でないものにされてしまった人が、
自分というものを取り戻すことを『自己奪還』と呼んでみました。
ここでいう「自己剥奪」とは
自らの意志と考えによって言動することを根こそぎ奪われている状態のことをいいます。
「自己奪還」とは、自らの意志と考えに基づいた言動を取り戻すことです。
それは≪私は人間だとの自己規定≫でもあると思います。

自己奪還のためには、まず「引きこもること」が必要であることを書きたいと思います。
「奪還」という言葉は「剥奪」に対して用います。
つまり、根こそぎ奪われているから奪い返すという意味です。
奪還という言葉を使うに至ったのは
日々の精神分析という面談の中で、クライアントの叫びとして聞こえてくるからです。
非行や引きこもり、不登校、いじめ、うつなど子どもから大人に至るまで
≪私は人間だ≫との切実な叫びを痛感しています。

ある引きこもりになった男性(以下Sさんと呼ぶ)の言葉を紹介したいと思います(本人の了解済)。

自分は今まで、親をはじめとする周りの人たちの姿や言葉に従ってきた。
そして、それに対して何の疑問も抱いていなかった。
ところが、あるきっかけから引きこもり、気付いたことがある。
今まで自分の考えや意志がなく、周りに用意されていたことに従っていただけだった。
引きこもりと言われるようになって初めて、
自分というものが無かったことに気が付いた。
何も語れない自分を知った。
そして、今、自分が何を考え、何を求めているのか、いないのかを見つめている。
そんな暇さえ持っていなかったことに驚いている。
初めて迷っている。初めて真剣に悩んでいる。考えている。

このようにSさんは語りました。
Sさんは引きこもったことにより、周りに用意されている事柄に対して受身であったことに気付いたというのです。
例えば、学校や習い事、就職、仕事などに対しても
自らの意志で積極的に関わってこなかったことに気づいたのです。

Sさんは、引きこもることによって、その機会を得ることができた。
否、このままでいいのか、との無意識からの強いメッセージにより
引きこもりという状態になった、とも考えられるのではないでしょうか。
こうして考えてみると
引きこもることは、知らないうちに自らの意志と思考を剥奪された自己を奪還するための一つの方法ではないかと思うのです。

ここではSさんの言葉を中心に書きましたが、
引きこもることは、自己剥奪された人が自己奪還への叫びの行動化の一つだと思えてくるのです。
つまり
人間でないものにされてしまった人が、≪私は人間だ≫と叫んでいる姿のように感じるのです。
人間であるとは、言語で語れることの意味で使っています。
分析家はその語らいを聴いています。
受身から能動への転換、
それが自分らしく生きていくことでもあるのではないでしょうか。

シニフィアン研究所のHPはこちらです。http://signifiant-lab.com/
「不登校の子どもの母より」サイトhttp://signifiant-lab.com/escape/
「思春期の悩み」サイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/も参照ください。


2012年10月27日(Sat)▲ページの先頭へ
298)ハングリー精神と欲望
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「ハングリーと欲望」 について書きたいと思います。

かの有名なスティーブ・ジョブスもスタンフォード大学の卒業式で、
「ホール・アース・カタログ」から引用して言いました。
≪ハングリーであれ。愚か者であれ。≫と。(http://www.youtube.com/watch?v=XQB3H6I8t_4参照)
この「ハングリー」な精神が欲望を生み出すことを書きたいと思います。

「ハングリー精神」の言葉を耳にしたことがあると思います。
特に、物質的に満たされた時代に生きていると、失われがちだと言われます。
ハングリーな精神はどのような時に湧き上がってくるのでしょうか。
例えば、
満たされていない、足りないと思った時でしょう。
ということは、
満たされている、足りている状態を知っていることになります。
過去の自分と比べたり、他者と比べたりしていることになります。
つまり、
「ハングリー」であることを意識するためには
満たされた状態を知っていることが必要です。
それと比較して、自分はハングリーであると自覚できるのです。

自分がハングリーであるからこそ、満たされたいとの欲望が湧いてくる。
空腹だからこそ、満腹感を味わいたいと欲望するのです。
ハングリー精神は欲望を湧き上がらせる原動力だと考えられます。
欲望は人を行動へと駆り立てることでしょう。
そして、模索や興味、好奇心や探究心を呼び起こすことでしょう。

このように考えてくると
人が行動するには、好奇心や探究心が必要であり、
好奇心や探究心は欲望が動因となり、
欲望はハングリー精神から湧き上がり、
ハングリー精神は、満足の状態を必要とする、
と考えられます。

ちょっと先まで進んでしまいましたが、
ここでは、ハングリー精神は欲望を生み出すことを書きたかったのです。
ハングリーであることは、人を何らかの行動へと繋いでゆくために必須だと言える。
だからこそ、決して満足しないこと。
それは逆に、常に比較参照項として満足を必要とすることだとも言えるでしょう。

満足を知っていますか?
ハングリーですか?
欲望を知っていますか?
あきらめていませんか?

これらの問いかけを持ったなら
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
勉強会、講座もあります。http://signifiant-lab.com/#10
やさしい精神分析講座 http://signifiant-lab.com/#11



2012年10月26日(Fri)▲ページの先頭へ
297)あやつり人形=マリオネット
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「あやつり人形=マリオネット」 について書きたいと思います。

親は子どもを「あやつり人形=マリオネット」にしてしまっている。
親自身が無意識のうちに。
この可能性があることを考えてみたいと思います。

なぜ「あやつり人形」にしてしまうのでしょう。
それは、育児は親と、親自身の親との関係が再現される場だから。
つまり、
自らが子ども時代に、親からされた(してもらった)こと、されなかった(いてもらえなかった)ことを
わが子との間で再現しまう可能性が大きいということです。
ここから
虐待された親は、わが子を虐待する。
放任された親は、わが子を放任する。
逆になると
わが子を過保護にしたり、過干渉になったりする。

どちらにしても
親は自分の子ども時代を基本にして、
わが子に自分の想いを託そうとする可能性が大きいと考えられます。
それが「あなたのためを思って・・・・・」の言葉になるのでしょう。
子どもが自分の思い通りになったなら、「自慢の子」となり、
思い通りにならなかったなら、虐待や放任、放置の対象となりやすい。

このようにして、親の思う通りになる子が、『親のあやつり人形』となるのです。
そのような子どもは
親の期待を一身に受け、親が描く理想の姿になるように急き立てられます。
子どもも、親の喜ぶ顔が見たいと思い、必死で頑張ります。
応え続けている限り、親はすべてを犠牲にします。
もし、あやつり人形であることを止めようとしたなら、
それは一気に見捨てられるか、虐待が待っています。

こうして『あやつり人形=マリオネット』が創り上げられてゆくのです。
親は、愛情だと考えています。
なぜなら、親は自分を犠牲にしてまで尽くしているからです。
では、子どもはどうでしょうか?
あるクライアント(あやつり人形だった)が言いました。
『それは暴力だった』と。

この関係には、子どもの主体性は育ちません。
主体性は親によって、根こそぎ奪われている(=母性剥奪)からです。
まさしく『あやつり人形』にされ、人間でないものにされていると言っても過言ではないでしょう。
あやつり人形に主体性も意志もありません。
ただ、あやつられるだけです。
その結果、賞賛や拍手喝采を浴びることもあるでしょう。
それは誰の喜びでしょう?
はたして、人形の喜びだと言えるでしょか?
あやつる人の喜びではないでしょうか。

知らない間に、子どもを『あやつり人形=マリオネット』にしていませんか?
子どもの主体性を奪っていませんか?
それを知る方法があります。

興味を持たれた方は、シニフィアン研究所まで
http://signifiant-lab.com/お問い合わせください。
オールOK子育て相談もしています。http://signifiant-lab.com/raise/


2012年10月24日(Wed)▲ページの先頭へ
296)バラバラになる不安と恐怖
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「バラバラになる不安と恐怖」 について書きたいと思います。

何かが一つにまとまらない状態を「バラバラ」と言います。
辞書の中にも
『一体であるべきものが離れ離れになったり、統一されていなかったりするさま』
とあります。
この中の『一体であるべきもの』というフレーズに注目したいと思います。
何を言いたいかというと
『一体』の前提として『バラバラ』があるということです。

これを『私』に置き換えて考えてみましょう。
ここで、ラカンの『鏡像段階論』を思い浮かべてください。
私というまとまりを持った存在は、
「他者」という鏡(像&語り)によって構成されることを思い出していただけたでしょうか。

ここから考えると逆に
『私』という存在は『バラバラ』を前提としているという視点です。
つまり
『私』というまとまりは、常に『バラバラ』になるかもしれない不安や恐れを持っている、
そのように考えられるということです。
『私』は間違いなく、一人の存在であることを確認せずにはいられない。
それがなくなると『バラバラ』になるかもしれない。
そんな不安や恐れから
人は鏡に自分の姿を映さずにはいられない。

それが、例えば
常に鏡を携帯し、取り出して眺める
歩きながらショーウィンドーに映った自分の姿をチェックする
誰かに自分のことを注目してもらいたがる
自分のことを聞きたがる
人の目が気になるetc
このような行為へと人を駆り立てるのではないでしょうか。

この観点から、バラバラ殺人なども
自分がバラバラであることの行為化では?
とも考えられると思うのです。

長くなりましたが、
人は自分がバラバラになるかもしれない不安と恐れを抱いている、
だからこそ、自分を確認せずにはいられない、
その不安と恐怖から逃れるために鏡を必要とする、
『バラバラ』は『一体』とまさしく表裏一体であるとの観点から考えてみました。

ご意見、ご質問はシニフィアン研究所までどうぞ
http://signifiant-lab.com/
精神世界を「精神分析理論」で知る講座もあります。
要請があればどこへでも出張しています。


2012年10月22日(Mon)▲ページの先頭へ
295)オールOKは自他共に生かす(活かす)
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「オールOKは自他共に生かす(活かす)」 について書きたいと思います。

自分という存在は他者の基で(鏡像体験を通して)構成されると書いてきました。
つまり「鏡像=自分自身」とも言えます。
これを、母子関係で考えてみましょう。
母の姿=自分の姿=理想の自画像=好き
となるのは、
いつも母がオールOKしてくれたからではないでしょうか。

違う表現をすると
母がいつもオールOKしてくれる=母に受け入れられている(受容)=母に認めてもらえている(承認)
=必要とされている=愛されている=存在して良い自分=自己肯定=自分が好き
このような等式が成り立つのではないでしょうか。
自分が好きと思えるのは、オールOKしてくれる他者(鏡)が常に側に居たから、
自分を受容し、承認してもらう体験があったから、
このように考えられます。

これをどんどん広げていくと
オールOKすることは、自己肯定し、生きる意味を見出すことに繋がることでしょう。
そして『他者=自分自身』という鏡像関係から言うと
自己肯定=他者肯定
自己受容=他者受容
自己承認=他者承認
自己も他者も共に生きるに値する存在である。
このようになることでしょう。

以上から、
「オールOKすることは、自己も他者も共に生かす(活かす)ことに繋がる」
と言えるのではないでしょうか。

ここでは母子関係として考えてみましたが、
あらゆる関係に広げられることは言うまでもないことでしょう。
オールOKは年齢、性別などに関係なく、すべてを生かす(活かす)方法なのです。

具体的な方法についてはこちらまでどうぞhttp://signifiant-lab.com/
子育て法はこちらのサイトhttp://signifiant-lab.com/raise/
思春期はこちらのサイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
異性、夫婦関係はこちらのサイトhttp://signifiant-lab.com/woman/を参照ください。





2012年10月21日(Sun)▲ページの先頭へ
294)否定・拒絶・無視=自分がなくなる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「否定・拒絶・無視=自分がなくなる」 について書きたいと思います。

《291)自分が壊れてしまう不安や恐怖ーまとまりを持った自分の解体》で、
自分という存在は他者によって構成されると書きました。
そのためには、鏡像体験が必須だとも書きました。
ここでは、
鏡像体験によって構成された「自分」という存在がなくなるのは、一体どういう時かを考えてみます。
結論から言うと
『否定・拒絶・無視』に出会った時だと言いたいと思います。

うつや不登校や引きこもりなどをはじめとして、
立ち止まってしまって動けなくなった時、
ほぼ共通して口にする言葉があります。
それは≪どうせ・・・≫です。
この言葉は、あきらめの気持ちや無力感から出る言葉です。
つまり、立ち止まり、そこから前へ進めない情態を表します。

このような情態はどうして起きたのでしょうか。
それは何らかの「否定」「拒絶」「無視」などに出会ったと感じているからではないでしょうか。
中でも、
自分が心を寄せている対象(人、場所、もの)からそのように扱われた場合、
一気に自分の存在が無化されたと感じることでしょう。
これらは、自分の存在価値を見出している対象=自分自身=鏡像体験
このように感じている証拠でもあります。
ここから
「対象にとって自分は存在価値がない」と思った瞬間、
この時、自分自身が消滅した瞬間だと言えるでしょう。

つまり、うつや不登校、引きこもりなどは、
心を寄せている対象からの『否定・拒絶・無視』に出会った、
あるいは、それらの蓄積があった可能性が考えられます。

社会の中で、これらに出会うことは避けられないことでもあります。
だとするならら、
家庭内では、これらの反対
つまり、『肯定(オールOK)』が満ち溢れている環境が非常に大切になってきます。
社会では『否定・拒絶・無視』が溢れていても
家庭内では『肯定(オールOK)』が溢れていたなら
人は安らぎと癒しに包まれ、エネルギーを回復する。
つまり
≪自分という存在の回復≫
このように言えると思うのです。

家庭内が安らぎと癒しの場所=安心と安全の場所
それが基本となるでしょう。
それがもし、なかったなら
家庭外に求めるしかありません。
だから徘徊し、たむろし、刹那の居場所を見出そうとするのでしょう。
人は自分の居場所なくして生きられない存在なのです。

セラピールームはその居場所(安心と安全の場)でもあります。
シニフィアン研究所にもあります。
居場所が欲しいと思った時はHPをご覧ください。http://signifiant-lab.com/


2012年10月19日(Fri)▲ページの先頭へ
293)鏡像体験=一人の私
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「鏡像体験=一人の私」 について書きたいと思います。

鏡像体験をするには、まず核が必要であり、
その核は、ただ一人の人(以下母と呼びます)がつくると書きました。
もう少し、具体的に書きたいと思います。

母が常に側にいて、子どもに語りかける環境、
ただ母の想いで語るのではなく、
その場その場に合った、適切な言葉で語りかけることが大切です。
たとえば
・美味しいものを食べた時ー「おいしいね」
・嬉しいことがあった時ー「うれしいね」
・転んで痛かった時ー「痛かったね」
・悔しくて泣いていたらー「くやしいね」
いかがでしょうか。
難しいことではないですよね。

あるお母さんが次のような話をしてくれました。
10代の娘さんから
「お母さん、私の話をちゃんと聞いて。いつも私が答える前に、決めつけている。
勝手に先に進まないでよ」と言われたそうです。
そう言われて、ハッと気付いたそうです。
確かに、娘の言うように、きちんと話を聞いていなかったと。

このようなことは、案外多いのではないでしょうか。
なぜなら、お母さんは忙しいからです。
子どもの前に居て、話をしていても、次のことを考えているから。
体は子どもの前にありながら、
心はすでに違う所に居る。
それに一番気付いているのは、子どもであり、
一番気付いていないのは、お母さん。

体も心も共に向き合っていること。
これが会話(対話)の基本です。
このような会話になっていない時に、
子どもはしつこく言ったり、ぐずったり、駄々をこねたりして
向き合っていないことを教えてくれているのではないでしょうか。

子どもはいつも母を観ています。
母の心を五感で感じ取っているのです。
子どもからのメッセージを受け取り、応えることが、鏡像体験であり、
その体験が「母に愛される私」という「一人の私」を創り上げる核となるのです。
それが≪オールOKで育てる≫ことでもあるのです。

「オールOK子育て法」はこちらです。http://signifiant-lab.com/raise/
質問・問い合わせはシニフィアン研究所のHPへどうぞhttp://signifiant-lab.com/


2012年10月18日(Thu)▲ページの先頭へ
292)まとまりのある身体イメージを持つために
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「まとまりのある身体イメージを持つために」 について書きたいと思います。

前回の続きです。
バラバラの身体イメージをまとめあげるには『鏡像段階』と呼ばれる体験が必要だと書きました。
では、具体的にどうすればよいのか?
それについて書きたいと思います。
(ここでは、ラカンのいう『鏡像段階』の体験をするという意味で『鏡像体験』と呼びます)

鏡像体験とは、文字通り「鏡に映った姿を自分だと認める体験」のことです。
私たちは鏡に映った姿を自分だと信じていることでしょう。
そのように、鏡に映った姿だけでなく、
自分について他者が語った言葉を通して、自分のイメージを創り上げているといわれます。
例えば
「優しい人ね」
「おとなしいね」
「明るい人ね」
「早口だね」
「口うるさい人だ」
「おっちょこちょいだ」etc
様々な語らいが、鏡の役割をすると考える観点です。

そのような自分についての語らいを総合して、
自分のイメージを創り上げてゆくようです。
それらをどのように取り入れたか、
反対に取り入れなかったかは、人によってさまざまです。
それは、精神分析の中では一つの重要なものとなります。

とまれ、自分というまとまりを持ったイメージは、
他者の語らいという鏡によって創り上げられるということです。
それには一つ重要なことがあります。
それは、
≪ただ一人の人が、一貫性を持って語り続ける環境≫です。
なぜなら、複数の人が鏡となったなら
複数の語らい(自分について持つイメージ)が出てくるからです。
複数の語らいがあるということは、
自分についてのイメージが一つにまとまらないということです。

まとめあげるには、その核(中心)となるものが必要です。
その核(中心)となるのが、「ただ一つの鏡(ただ一人の人)」です。
その鏡の像が核となって、それに追加、変更をしながら創り上げてゆくのです。

このようにして、長い時間をかけて
『自分というまとまりのある身体イメージ(「肉体」ではなく、「身体」)を持つに至る』と言われています。
その最初の核(中心)をつくるのがラカンの言う≪鏡像段階≫であり、
その体験が『鏡像体験』なのです。
ここで一番重要なことは、最初の核(中心)です。
その核をつくるためには、
≪ただ一人の人が、一貫性を持って語り続ける環境が必須≫なのです。
このただ一人の人には、生母その人であることが望ましいことは言うまでもないでしょう。

鏡像段階、鏡像体験について興味を持たれた方は
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
各種教室、講座も開催しています。http://signifiant-lab.com/raise/


2012年10月17日(Wed)▲ページの先頭へ
291)自分が壊れてしまう不安や恐怖ーまとまりを持った自分の解体
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「自分が壊れてしまう恐怖」 について書きたいと思います。

日々、様々なクライアントと対話していて、気付いたことがあります。
それは『自分が壊れてしまうかもしれない不安や恐怖』です。
その不安や恐怖を安心に変えるためには、鏡像体験が必要であることを書きたいと思います。

「自分が分からない」
「自分がなくなってしまう」
「自分がバラバラになりそうだ」
「音を立てて崩れてしまいそうだ」

このように語るとき、
『まとまりを持った一人の自分』のイメージ(像)がバラバラになると感じている瞬間ではないでしょうか。
もっというと、まさしく
『自分が解体するかもしれない不安と恐怖』に直面している瞬間だと思うのです。
そして、
常にすべての人間に忍び寄っているといっても過言ではないように思えてきます。

人は、自分の思い通りに事が進まなかった時、
ふと立ち止まった時、
不安や恐怖が襲いかかってくる。
それは、自分がバラバラに壊れるかもしれない不安や恐怖と考えられないでしょうか。
そんな時、自分の姿を映してくれる鏡が欲しいとの衝動に駆られる。

それが例えば
人恋しくなったり、
誰かに電話やメール、話をしたくなったりする、
抱きしめてもらいたいと思う。
もし、そんな人が誰も居なかったなら
自分で自分を感じるしかない。
この観点から考えると
「自傷(リストカット)」「抜毛」「かきむしる」「暴れる」「叫ぶ」などは
自分を取り戻すための一つの表現方法だと思うのです。

あてもなく誰かにメールや電話をしないと居られない、
あてもなくさまよい歩くのも、その一つかもしれません。
誰かに、自分の姿を映してほしい。
解体してしまいそうな自分を、一つにまとめてほしい。
そんな必死の叫びのように観えてくる気がするのです。

思春期には特にそのような危機が訪れる時期だと言われています。
その時期までに、統一した自分というイメージ(鏡像)を持っているかどうか、
それを一番問われるのが、思春期なのです。
その時期を乗り切るためにも
幼少期から「まとまりを持った自分」という鏡像体験をする必要があるでしょう。

ここでは、バラバラになりそうな不安や恐怖は、誰にでもあること、
その不安や恐怖は、いつでも襲ってくる可能性があること、
そのような時には、一つにまとめあげる鏡が必要であること、
それを、フランスの精神分析医ジャック・ラカンは
『鏡像段階』と呼びました。

その鏡の役割をするのが≪精神分析家≫であり、その鏡像体験が精神分析(セラピー)なのです。

シニフィアン研究所ではそれらの理論に基づいた精神分析(対話療法)をしています。
詳しくはHPをご覧ください。
性癖、恋愛・夫婦問題の相談も受けています。
シニフィアン研究所http://signifiant-lab.com/
非行、引きこもり、暴力など「思春期の悩み」のサイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
「不登校の子どもの母より」のサイトhttp://signifiant-lab.com/escape/



2012年10月15日(Mon)▲ページの先頭へ
290)夢を持つことと実行すること
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「夢を持つことと実行すること」 について書きたいと思います。

前回「夢を持つこと」について書きましたが、
「子どもが夢を言うだけで、ちっともやろうとしないのですが、それでもいいのですか」
という質問がありましたので、このタイトルにしました。

なるほど、よくあることです。
子どもに限らず、「言うけど、実行しない」大人がいるのも事実のようです。
夢は語るのに、実行しようとしないのはどうしてでしょう。
一つには、単なる興味だけに留まっているから?
あるいは、ただ言ってみただけ?

特に子どもは、興味を持った場合、たいていは「やってみたい、欲しい」と言います。
そして、そんな「やってみたい、欲しい」は次々と出てきます。
ですが、なかなか続きません。
すぐに次の興味の対象に移ったりします。
親はそんな子どもの態度にイライラしてしまいます。
親からすれば当然です。

そんな子どもの興味に、まずは付き合ってあげましょう。
習い事なら、一度体験させましょう。
欲しいものなら与えてあげましょう。

ちょっと無駄なように思いますが、
その「無駄」が大切なのです。
大人でも、やってみないと解らないものがあるでしょう。
子どもはそれがとっても多いのです。
何しろ、まだ大人よりも体験が圧倒的に少ないのですから。

その無駄な経験が、徐々に、やらなくても想像できるようになってくるのです。
その無駄な体験をする機会をたくさん与えてあげることが、
必要なこと(もの)しか要求しない子どもを育てるのです。
数回するうちに、本当にしたいこと、欲しいものが限定されてきます。
せいぜい、2つか3つくらいのものに集約するでしょう。

「言うけど実行しない」のは、本当にやりたいことではないからです。
ですから、夢を語った時、
ただ「なれたないいねえ」「できたらいいねえ」とだけ答えてあげればいいのです。

本当にやりたいこと、好きなことは、自分からやりはじめます。
そして、かならず継続するようになります。
そのこと(もの)に出会うまでは、言うだけで実行しなかったり、
数回試してすぐに止めます。
それは「飽きっぽい」のではなく、
やりたいこと(もの)に出会っていないからでしょう。

これらに出会うまで、根気よく見守り、応え続ける大人側の忍耐が要求されます。
それができない場合、自らの根気と待てなさを隠すために
大人たちは、ややもすると
「言うだけで、ちっともやらない」
「根気がない」
「飽きっぽい」などと決めつけてしまうのではないでしょうか?

親になり、親である続けることは凄くエネルギーが要ることです。
根気が要ります。
忍耐が要ります。

そんな親であり続けるための講座・教室もあります。
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
「オールOK子育て法」は年齢は関係ありません。http://signifiant-lab.com/raise/


2012年10月14日(Sun)▲ページの先頭へ
289)夢を持つこと=夢についての語らいを育てる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「夢を持つ=夢についての語らいを育てる」 について書きたいと思います。
夢を持つには、
まず『夢を語れる=言語化できる』ことが大切であり、
また達成するためにも言語が必須だと言いたいと思います。

「将来の夢は何?」
「あなたはどんな夢を持っていますか?」
幼少のころから、このように聞かれてきたのではないでしょうか。
そして今、聞かれたらどのように答えるでしょうか。

夢を持っているとは、
その夢について語れることを意味します。
語れるということは、そのことに心が向いている=関心を持っていることです。
詳しい知識を持っていることは必須ではありません。
知識はそれを実行するための一つの手段として必須のものです。
ここでは、実行できるかできないかではなく、
その夢について語れるかどうかを中心に考えます。

特に、子どもに対しては注意が必要です。
子どもの語りに対して≪オールOK(肯定)すること≫です。
決して、それは無理だと否定しないことです。(たとえ現実的に無理だったとしても)
なぜなら、ほとんどの子どもは想像の世界を生きているからです。
夢についての語らいをした時は
『そう、なれたらいいねえ』
『そう、できたらいいねえ』と答えてあげましょう。
何よりもそんな語らいの中に、夢を語ることの楽しさと喜びを持つことこそが大切だと思うのです。

この『夢を語ること』こそ、夢を実現させるエネルギーとなるのではないでしょうか。
年齢を重ねる中で、実現可能な夢へと変化してゆくものです。
子どもの夢をつぶさないこと。
繰り返しになりますが、
夢について語ることこそが一番大切なのです。
もっと言うと
『言語こそが夢を実現へと導く羅針盤』だと言いたいと思います。

人は関心があることに対しては、努力を惜しまないでしょう。
時間も労力もお金も惜しまずに注ぐことができるのです。
実現可能かどうかよりも、実現するとの強い意志力が必須です。
それは
『私は〇〇する』と言い切れることです。
その言語に導かれて努力するのではないでしょうか。
夢の実現に向かって努力するとは、夢を語る言語に導かれてゆくことを意味する。
このように考えられるのではないでしょうか。

遠回りをしましたが、
夢を持つことは、夢についての語らいをそだてることだと思います。
幼少期から子どもの夢を育ててあげましょう。
夢についての語らいを聴いて、オールOKしてあげましょう。
そうすればきっと、その言葉に導かれて顔を輝かせて努力することでしょう。
それも心を育てる大切な一つであり、
思春期を乗り切るエネルギーだとも思うのです。

シニフィアン研究所のHPも参照ください。http://signifiant-lab.com/
「オールOK子育て法」はこちらです。http://signifiant-lab.com/raise/
「不登校の子どもの母より」のサイトhttp://signifiant-lab.com/escape/
「思春期の悩み」のサイトもあります。http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/


2012年10月12日(Fri)▲ページの先頭へ
288)「オールOK」と座禅
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「オールOKと座禅」 について書きたいと思います。

「オールOK」で子どもや人を育てることは、『座らない坐禅』をしているのと同じではないだろうか。
このようなことを考えてみたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

*坐禅(ざぜん)とは、姿勢を正して坐った状態で精神統一を行う、禅の基本的な修行法。
*日本での坐禅は、宗教・宗派とは無関係に精神鍛錬として認識され、寺などで僧が監視している中で坐禅を行う形をとる修行体験を、一般の人々向けに行っている。 黙想・瞑想するのではなく、自我を極力排除して、自我以外の存在を全感覚で受動的に感じ取る事によって、自我以外の存在に縁取られた自我自体の認識へと立ち戻る、という精神性を持っている。仏教の空・無の境地、日本の神道の精神ともつながりがある。(wikipediaより一部引用 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%90%E7%A6%85)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オールOKの基本は
≪要求が出たら、敏速に的確に行動で応える≫です。
つまり、自分の考えや思いは捨てて(無にする)相手の要求通りに行動することを意味します。
これは、日常生活の中でする『座らない坐禅』だと言えないでしょうか。
・もっと言うことを聞いて欲しい
・勉強してほしい
・良い子になってほしい
・ゲームばかりしないでほしい
・手伝いをしてほしい
・早く手が離れてほしいetc

相手の要求にオールOKで応えることは、
これら自分の思い(自我)をすべて捨てて、相手の言いなりに動くことでもあります。
これは、まさしく上記の『自我を極力排除して、自我以外の存在を全感覚で受動的に感じ取る事』
と同じではないでしょうか。

つまり、オールOKで子どもに向き合うことは
日常生活の中でする『座らない坐禅修行』と同じだと思えるのです。
子どもは、親にとって
『自我以外の存在に縁取られた自我自体の認識へと立ち戻る、という精神性』
に気づくようにと、鍛えてくれている貴重な存在ではないでしょうか。

「オールOK」していると
子どもに与えるばかりで、自分はしんどいだけで、何も与えてもらえない。
との想いを持つかもしれません。
そんな時、
『座らない坐禅をしている』と考えてみたら
ひょっとしたら、また違って感じられるかもしれません。

今回は、このような観点から考えてみました。
いかがでしょうか?
ご意見、ご感想はシニフィアン研究所までお寄せください。http://signifiant-lab.com/
「オールOK子育て法」はこちらです。http://signifiant-lab.com/raise/


1 2 3 4 5 6 7    全181件


「精神分析」は、薬物や催眠、暗示など一切使わず、相談者(クライアント)と分析家(インテグレーター)との1対1の対話や夢分析により、自分の無意識に気付き、コンプレックスを解消する信頼に基づいた方法です。
クライアントの自我は、様々な理由によって未成熟であったり、歪んでいたり、傷ついていたり、欠損していたり、不完全な状態で浮遊しています。それに確かな形と安定を与えることが精神分析(セラピー)です。その過程で、ありのままの自分でいい、自分は生きる価値があると自信を持ち、自己愛や自己決定力が高まっていくのです。
このように精神分析は、自己を知ることの喜びと成長をもたらします。インテグレーターはクライアントの援助者であり、伴走者です。また、クライアントの意志を大切にしますので、強制したり無理強いすることはありません。
自分の人生は、自分が書き換えてゆくんだ、との勇気と根気を持って歩むならば、必ず自己探求の喜びと幸せを自覚し、自らの意志で未来を切り開いていくことでしょう。




カレンダ
2012年12月
           
         

アーカイブ
2011年 (1)
7月 (1)
2012年 (181)
3月 (11)
4月 (5)
5月 (58)
6月 (23)
7月 (20)
8月 (14)
9月 (16)
10月 (16)
11月 (11)
12月 (7)
2013年 (43)
1月 (6)
2月 (3)
3月 (5)
4月 (5)
5月 (4)
6月 (1)
7月 (1)
8月 (2)
9月 (1)
10月 (9)
11月 (2)
12月 (4)
2014年 (39)
1月 (5)
2月 (2)
3月 (3)
4月 (3)
5月 (6)
6月 (6)
7月 (2)
8月 (5)
9月 (2)
10月 (1)
11月 (3)
12月 (1)
2015年 (25)
1月 (1)
2月 (6)
3月 (1)
4月 (3)
5月 (3)
6月 (1)
7月 (3)
8月 (2)
9月 (1)
10月 (1)
11月 (2)
12月 (1)
2016年 (16)
1月 (2)
2月 (3)
4月 (2)
5月 (1)
6月 (1)
7月 (1)
8月 (2)
9月 (1)
11月 (1)
12月 (2)
2017年 (6)
1月 (2)
2月 (1)
3月 (3)

アクセスカウンタ
今日:201
昨日:384
累計:376,533