非行・不登校・引きこもり

自己治癒力により心身を整えていく。量子力学・宇宙物理学・脳科学の観点から精神を捉えた新しい科学に基づいた療法。




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2015年07月24日(Fri)▲ページの先頭へ
418)欠如を作れば動く
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の楽歩愛真です。
なぜ、どうしてとの疑問を持ち、納得のできる答えを知りたいと考えている人にとって、精神分析という対話療法は有効な方法です。

今日は、「欠如を作れば動く」 について書きます。

動かない状態にも色々あります。
例えば、
動かなければならないのに動けない。
動きたいのに動けない。
動きたくないから動かないetc

ここでは、
動きたいけど何をしたらよいか分からないから、結果的に動いていない場合を考えます。
つまり、動くためのエネルギーと意志はあるけど、その目標が定まらない場合です。
このような状態の場合、欠如を見つければ(自認)動きます。
それは、お腹がすいた→何か食べたい→食べるものを探す、と同じです。
お腹がすいた(欠如)を自認するから 、その欠如を埋めたいとの欲望を持ち、その結果動くという行動へと繋がります。

食欲と同じように考えると、人は欠如を自認すれば、必ず何らかの行動を起こす(行動しないことも含む)ことでしょう。
ここから、欠如を作れば動くというのです。

大切なことは、動いていない状態をしっかり見極めることです。
見極めを間違わなければ対応の仕方もはっきり見えてきます。
そのために精神分析は有効だと考えます。

シニフィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/
Twitterでは気づいたことをつぶやいています。 https://twitter.com/rakuhomanami


2013年08月31日(Sat)▲ページの先頭へ
344)父よ出てこい
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧いてくることでしょう。

今日は、「父よ出てこい」 について書きます。

最近、思春期の子どもの非行についての相談が増えてきました。
例えば、「万引き」「窃盗」「夜中徘徊」などです。
特に中学生の息子さんが多くなっています。
彼らは一体何を訴えているのか?との問いを立て、考えてみたいと思います。

これはあくまでも私見ですが、
「問い合わせや相談は圧倒的にその母親からである」傾向があります。
なぜ父親ではなく、母親なのでしょうか。

・父親よりも母親の方が、子どもに関心が高いから
・母親の方が子どもの身近に居るから
・母親の方が時間的ゆとりがあるから
・父親不在(単身赴任、長期出張など)
・その他

これらのことも含め、相談に来られた母親の情報から、ある父親像が浮かび上がってきました。
それは≪父親(夫)の影が薄い≫ということです。
子どもの相談に来ているのですが、話を聞いているといつの間にか父親(夫)への不満になっていることが多々あります。

・何も言わない父親(無口)
・最初からあきらめている父親(仕方ない、そんなもんだ)
・相談相手にならない父親
・父親不在etc

ここから父親(夫)がその役割を果たしていないということが予測されます。
ですから、母親が一人で必死になり、結果的に子どもに過干渉になることが考えられます。
そして、そのことが子どもに窒息感を感じさせ、反抗や非行などの問題行動を加速させる。
だからといって、
逆に母親も仕方ないとあきらめてしまったなら、
子どもは「見捨てられた」「どうなったっていいんだ」と思って、ヤケになるかもしれません。

これらの連鎖を断ち切るにはどうしたらよいのでしょうか。
それは、『父親が父の役割を果たすこと』ではないでしょうか。
ここで≪父の役割とは何か?≫という問いが出てきます。
詳細は別稿に譲るとして、
≪父の役割とは、語る父=法、秩序、ルールを言葉で示すこと≫です。
つまり、人として生きるとはどういうことか、
社会に参入するとはどういうことなのか、
なぜ非行はいけないことなのか、
これらのことを、感情的にではなく、客観的に語れる父であること、
これらのことを意味します。

家庭に父不在である時、
母親はその指針を持てず、戸惑い、迷うことでしょう。
その結果子どもにそのはけ口を向けてしまうかもしれません。
あるいは、そんな母の不満を子どもが感じている可能性も考えられます。
そして何よりも子ども自身が、
父親を通して社会の法、秩序、ルールを知りたい、示してほしいとの強い訴え(メッセージ)と考えられないでしょうか?
これらのことから、少し乱暴な言い方になりますが、
思春期の子どもの非行や問題行動は
『父よ出てこい、父の役目を果たせ、社会のルールを教えてくれ』との訴えだと思うのです。
思春期の子どもの非行・問題行動=社会的父への呼び出し
このような図式が見えてくると思うのです。


ご意見、質問などはシニフィアン研究所までhttp://signifiant-lab.com/
シニフィアン研究所では思春期の子どもの問題などの相談はもちろん、各種勉強会・講座も開催しています。http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
詳しくはお気軽にお問い合わせください。

なお、9月3日(火)〜5日(木)は関西へ出張します。
詳細は明日、ブログとHPのカレンダーにてお知らせする予定です。


2013年03月23日(Sat)▲ページの先頭へ
331)うつ・引きこもりを助長しないために
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
そうすれば、不安は安心に変わり、生きる希望が湧いてくることでしょう。

今日は、「うつ・引きこもりを助長しないために」について書きたいと思います。

春は、うつや引きこもりの人たちにとって辛い時期です。
なぜなら、他者との差をより感じてしまう時期だからです。
では、その差を感じないようにするにはどうすれば良いのでしょうか。
うつや引きこもりを助長しないためには、何が必要でしょうか。
ここでは、《引きこもることの大切さ》を書きたいと思います。

春は、卒業、入学、就職など変化の大きい季節です。
また、芽吹きや開花など自然の成長が目に見えやすい時期でもあります。
うつや引きこもりの人たちには、
「言えない」「出せない」「動けない」があります。
ですから、自己主張し、活動的で、どんどん変化、成長してゆく姿を目にすると
自分との落差の大きさを感じてしまうのです。

例えば、
幸せそうに見える光景は、不幸な自分を感じてしまう。
楽しそうな姿を目にすると、苦しい自分をより意識してしまう。
嬉しそうな人を見ると、より辛い自分を見い出してしまう。
活動的な人に接すると、動けない自分と比べてしまう。
そして、自分を責めてしまうことになる。

ある人が言いました。
<幸せな人を見ると腹が立ってくる。
いつしか、大声を上げてすべてをぶち壊してしまいたくなります。
刃物を持ち出して、あたりかまわず振り回したい衝動に駆られるのです。
そして、そんな自分が怖くなり、益々落ち込むのです。>

この時期に一番大切なことは、幸せそうな人に会わないことです。
つまり、その人が一番安心できる環境の中に引きこもっていること。
周りの人も、持ち込まないことです。
ですから、
一番避けなければいけないのは『結婚式』への出席です。
うつや引きこもりを助長しないためには、
これらのことを周囲の人が理解し、引きこもることが必須です。
まずは、これが助長しないための第一歩です。

なぜ人は落ち込むのか、引きこもるのか、
共に考えてみませんか。

シニフィアン研究所では、これらの勉強会もしています。
詳しくはお問い合わせください。
シニフィアン研究所http://signifiant-lab.com/


2013年01月15日(Tue)▲ページの先頭へ
322)対人関係―結ぶ
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
そうすれば、不安は安心に変わり、希望が湧いてくることでしょう。

今日は、「対人関係―結ぶ」について書きたいと思います。

成人の日の関東地方は、雪が舞い、積もる一日となりました。
忘れられない成人の日となった方も多かったのではないでしょうか。
今朝は路面が凍結し、行き交う車や人も、しっかり踏みしめて進んでいるようでした。
日頃は、道路を意識して踏みしめることは少ないことでしょう。

普段とは違う状況(雪・凍結)だからこそ、意識し、滑ったり転んだりしないように意識する。
このように、普段とは違う状況(差異)が、そのものとの関わりを意識させることになります。
これも一つの「交わり」と言えます。
この意識が、そのもの(ここでは道路)との関係をどのように結ぶかに繋がると思います。

関係を「結ぶ」にはどうすればよいでしょう。
その一つは、時や場所や意識を共有すること。
相手と、同じものを見て、聞いて、感じて、味わってみる。
そして、大切なことは、どのように感じたかを的確な言葉で語ることです。

例えば、きれいな景色を見て、「きれいねえ」
可愛い花や動物を見て、駆け寄り触れて、「わあ、可愛い」と言う。
そして、「ほんと、きれいね」「ほんとだ、可愛いね」と言う。
仕事なら、あるアイデアに対して
「それは素晴らしいですね」
「なるほど、もっともですね」と言う。

これを「共感」と呼びます。
このように、時や場所や意識を共有する体験(共感)が、
相手とのより良い関係を結ぶことになるのではないでしょうか。

ある一点で交わり、共感することで関係を結んでゆく。
これが対人関係をスムーズにするための一つだと思うのです。
次は、それを繋いでゆくことです。
そうすればきっと相手との接点も増え、
それがお互いの距離を縮めることにもなるでしょう。

そのためには、自分が感じていることを言語に置き換える体験をすることでしょう。
その一つが「精神分析という対話療法」だと思います。
自分の言葉で語ってみる体験をしてみませんか。
興味を持たれた方はこちらへどうぞ http://signifiant-lab.com/
各種教室(オールOK子育て教室etc)もあります。http://signifiant-lab.com/#10 


2013年01月13日(Sun)▲ページの先頭へ
321)対人関係―交わることから
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で自己(無意識)を知り、必要に応じて書き換えていきます。
そうすれば、不安は安心に変わり、希望が湧いてくることでしょう。

今日は、「対人関係―交わることから」について書きたいと思います。

一歩外に出ると、人と関わることなく生活することはまずないと言えるでしょう。
ですから、人との関わり(対人関係)が重要となってきます。
では、対人関係はどこから始まるのでしょうか。
ここでは、「交わる」という視点から考えてみたいと思います。

周りにたくさんの人が居る、といって交わっているとはいえません。
ちなみに「交わる」を辞書で引いてみると、
入り乱れる、まじり合う、触れる、接する、一点を共有する、などがあります。
また、「交」を漢字源で引いてみると、
象形。人が足を交差させた姿を描いたもので、×型にまじわること、とあります。

ここで、「交わるとは、ある一点で接触があること」と考えてみることにします。
これは、「相手との間に共通するものが一つある」とも言い換えられるでしょう。
対人関係において、
共通する何かが一つあれば、それを中心にして交わることができることになります。
逆に考えると、誰かと交流を持ちたいと思った時、
お互いに共通するものを一つ見つけ出せばよいというとになるのではないでしょうか。
その共通するものが、互いに興味のあるものであれば、
きっと楽しいもの、嬉しいものとして共有することができるでしょう。
その結果、
お互いにもっと会いたいと思うでしょうし、
会って楽しい人と思う可能性が高くなることでしょう。

子育てにおいては、子どもが興味をもっているものを中心に交わればよいし、
友達、仕事関係であれば、相手との共通点を探せば、
それまでとは違った何かが見えてくることでしょう。
その次は「結ぶ」です。
これは次回、考えてみたいと思います。

「対人関係がうまくいかない」
「人とどのように付き合えばよいか分からない」
といった相談が増えています。
その方々に、まず「交わり結ぶこと」を考えてもらいます。
そこから、個々人の対人関係の原点とでもいうべき姿が見えてくることでしょう。
これに気づき、書き換えればよいのです。

興味を持たれた方はシニフィアン研究所のHPを参照ください。
http://signifiant-lab.com/


2012年12月09日(Sun)▲ページの先頭へ
313)(インター)ネット依存
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「インターネット依存」について書きたいと思います。

「インターネット(以下ネットと呼ぶ)依存」は今月の関西での《フリートーク》のテーマでもありました。
「ネット依存」は、克服していない幼児期の甘えの再現と反復であり、
自律することの不安の防衛からくる「しがみつき」だといわれます。
この「しがみつき」から脱出し、自律するにはどうすればよいのかを考えたいと思います。

まず、「ネット依存」を二つに分けてみます。
一つは『依存』、もう一つは『ネット』です。

☆ 『依存』について
《これなくしては生きられない》
《これこそ我が命》
《これしかない》
といって自分を依存している対象に埋没(一体化)させることを指します。
また、根底には「甘えたい欲望」があると考えます。
『甘えと依存』は乳幼児期には必須のものであり、
この甘えと依存を断ち切り自律してゆくことが、
成長することであり、大人になることだと考える観点があります。
この観点から考えた時、
『依存』は、乳幼児期の甘えと依存を求め続け、自律することへの不安から、しがみつこうとしている状態といえます。

☆ 『ネット』について
ネットは、社会的にも個人的にもなくてはならない必須アイテムとなっています。
ですから、そのことの是非をいうものではありません。
ネットといっても様々な形式がありますが、
ここでは主にメールなど文字を中心としたものとして考えます。
人と人が向かい合う現実の会話と、携帯やスマートフォンなど文字での会話との違いは何でしょうか?
その一つは
≪なりすまし(幻想の世界)≫が可能かどうかではないでしょうか?
男性が女性に、60歳が20歳に、社長やセレブなど、いかようにも変身可能です。
現実ではかなり難しいことでしょう。
このように、ネットの世界は
幻想・虚構の世界でなりたい自分になれる世界(自分の思うようにあやつれる世界)だといえるでしょう。

これら二つを合わせた「ネット依存」は
甘えと依存を断ち切り自律することへの不安から自分を守るために、
現実世界からネットという幻想世界にしがみつくことで、分離不安を防衛する方法だと考えられます。
それゆえに、
メール送信してもすぐに返信が来ないと不安(分離不安or見捨てられ不安)になり、
自らもすぐに返信をしないと相手から見捨てられるこしれないという切迫感に駆られるのでしょう。
そして、現実の世界よりもネットという幻想の世界の方が
自分が存在しているとの実感が味わえるように感じて、ますますのめり込む。
常に携帯し、画面から目を離さないようにしないと自分の存在がなってしまう。
こうして、ネット依存は益々加速し続け、断ち切ることなど不可能となってゆくようです。

確かに、携帯やスマートフォンの向こう側には人がいます。
ですから、間接的にではあるものの、その人と繋がっていると思えるのでしょう。

メールを送信したら=要求が出たら
すぐに=敏速に
返信が=的確に
届く=行動で応える
そうすると安心する

この≪要求が出たら、敏速に、的確に、行動で応える≫とは、まさしくオールOK子育て法の基本でもあります。
ということは、
「ネット依存」とは、現実世界では手に入らない≪オールOK子育て法≫を、ネットという幻想の世界で満たしたいと叫んでいる姿だと思えてくるのです。
もしそうだとしたら、「ネット依存」から脱出するには、
まずは現実世界の中で、「オールOK」をしてもらう体験をすることではないでしょうか。

子育てにおいて、子どもが「ネット依存」にならないためには、
現実世界の中でオールOKの視点で子どもに向き合い、応え続けることだと思います。
そうすれば、ネットという便利なアイテムを有効に活用することでしょう。

「ネット依存」をしていると気付き断ち切りたいと考えている人は、
まず、「ネット依存」によって自分が何を求めているのかを知り、
それを手にいれたなら、きっと自律への道は開けると思います。
また、「ネット依存」の人を何とかしたいと考えている家族の方は、
オールOKの観点でその人に関わることで、変化が見られることでしょう。

オールOK子育て法はこちらを参照ください。http://signifiant-lab.com/raise/
オールOK子育て相談・勉強会も開催しています。http://signifiant-lab.com/


2012年12月03日(Mon)▲ページの先頭へ
312)ネット依存―フリートークに先駆けて
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、6日のフリートークのテーマ「ネット依存」について書きます。

詳細については、関西出張から戻ってまとめたいと思います。
ここでは、いくつかの問題提起をするにとどめます。

・「依存」とは?(「耽溺」アディクションとの違い)
・どうして「依存」してしまうのか?
・なぜ「ネット」なのか?他の依存とどう違うのか?
・「依存」は断ち切れるのか?断ち切れないのか?
・断ち切れるとしたなら、どうすればよいのか?

これらを中心にフリートークをしたいと考えています。

興味のある方は、連絡ください。
6日は和歌山出張所でのフリートークで語り合います。
その他、ご希望に応じて埼玉でも開催します。

詳しくはシニフィアン研究所の迎意愛(むかいあい)までどうぞ。
http://signifiant-lab.com/
3日〜7日までは携帯へ連絡お願いします。


2012年11月22日(Thu)▲ページの先頭へ
309)社会参入する=家庭を出る
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「社会参入する=家庭を出る」 について書きたいと思います。

「社会参入することができない」
「対人関係がうまくいかない」
などの悩みを持っている人が増えています。
その結果、うつ、対人恐怖、引きこもりなどになりがちです。

「287)言葉を話す―対人関係―社会参入への第一歩」 でも書きましたが、
今日は、違った観点から考えたいと思います。

社会参入するとは、文字通り社会へ入ってゆくことです。
つまり、社会ではない場所に居ることが前提だということになります。
だからこそ、参入というのでしょう。

では、社会ではない場所とは?
大抵は「家庭」ではないでしょうか。
社会参入するとは、「家庭」から「社会」へ入ってゆくこと、と考えてみます。
家庭=内=私的空間とすると、
社会=外=公的空間となります。
この二つの間に、はっきりとした区別があってこそ「入る」「出る」の区別もはっきりします。

このように考えてくると
社会に入るとは、家庭を出ることであり、
内から外へ、私的空間から公的空間へ移行することを意味し、
内と外の区別、公私の空間の区別をすることを意味します。

この観点から、
社会へ出てゆくことに抵抗が強かったり、
対人関係がうまくいかない場合は、
家庭と社会の区別がはっきりししていないと考えられます。
このような時、まずは
家庭=内=私的空間をしっかり作ることが大切でしょう。
そして、その空間が安全安心の空間(場所)であり、リラックスできることを味わうことです。
それが実感できたなら、
家庭と社会、内と外、公私の空間の違いが理解でき、
必ず、内から外へと関心を持ち出て行こうとするでしょう。

ここで、ある女性の話をしたいと思います。
彼女は、同僚とうまく会話ができず、孤立していると感じていました。
誘われても、気疲れするので、断わることが多かったとのことです。
そこで
「あなたがリラックスする場所はどこですか」と尋ねたところ
「どこにもありません」と答えました。
「お家は?」と聞くと
「妹と共有の部屋で、どこに居ても、家族の誰かが居ます」とのことです。
それに他の理由もあり、一人になれる空間がなかったのです。
これでは、緊張の連続で、リラックスなどできません。
彼女にとって、会社はもちろん、家庭内も緊張の場所だったのです。

そこで、思い切って一人暮らしをすることを提案しました。
幸い仕事は何とか続けられていたので、ワンルームマンションを借りて引っ越しました。
その決断をするまで半年くらいかかりましたが、勇気を振り絞って実行しました。
その後も紆余曲折はありましたが、今では、
「狭いながらもすべては自分の思うようにできるから最高です。
どうしてもっと早く家を出なかったのか自分でも不思議です。」
と、笑顔で当時を振り返って語りました。

彼女もそうだったように、リラックスできる家(場所)を持ち、自立するには時間が必要です。
その時間は、その人にとって必要な時間ですから、長短では測れないことを言い添えたいと思います。

シニフィアン研究所では、このような具体的な勉強会をしています。
興味を持たれた方は
シニフィア研究所http://signifiant-lab.com/までお問い合わせください。
不登校や引きこもりはhttp://signifiant-lab.com/escape/
摂食障害・暴力・リストカットなどはhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
恋愛・結婚はhttp://signifiant-lab.com/woman/
トラウマ・PTSDはhttp://signifiant-lab.com/trauma/を参照ください。


2012年11月11日(Sun)▲ページの先頭へ
304)家庭内暴力と怒り
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「家庭内暴力と怒り」 について書きたいと思います。

暴力の背景には一体何があるのでしょうか。
それは『怒り』 であり、その解決方法は『怒りの基をよく聴くことだ』と言いたいと思います。

青少年の家庭内暴力や、恋人・夫婦間の暴力(DV)の相談を通して観えてくるものがあります。
それは『怒り』です。
その内容は様々です。
ただ共通しているのは
≪何で解ってくれないんだ!≫との叫びです。

ある男性(DV)が言いました。
「手を出すのは悪いのは分かっている。しかし、あいつは俺のことを理解しようとしないんだ。だから殴ってしまうんだ。」
また、ある少年は
「母さんは、オレに文句を言うことしか知らない。オレの言うことを聞こうとはしないんだ。」
「オレに正面から向かって来いと言ってるのに、良い親面ばかりしてやがる」
と、言いました。

暴力は決して容認できるものではありません。
まして、その対象が弱者であれば言うまでもありません。
ただ、暴力を振るってしまう側に目を向けた場合、
そこには、
「相手が、オレの言うことを聴こうとしない。」
「オレの言う通りにしない。」
などの不満が見えてくるように思います。

暴力はいけないことだと頭では分かっています。
しかし、相手に解らせるためには、もはや暴力という方法しかない。
あるいは、暴力という方法でしか伝わらないと思ってしまっている。
そんな気がします。

「話せばわかる」という言葉があります。
彼らの話を聞いていくと、
彼らも最初は、相手に対して話して(言って)いるのです。
「〇〇してほしい」
「〇〇したい」etc
ところが、
無視されたり、否定されたり、説教されたりして自分の思うように相手が動いてくれない、聞いてくれない、
そのような状況に直面し、最初は我慢しています。
それらは一度ではなく、何度も繰り返され、幾重にも積み重なり、
やがて≪怒り≫となって蓄積されていきます。

それらの蓄積した怒りが、ちょっとしたキッカケによって
一気に爆発するようです。
『クソッ!またかよ!』
『そんなこと言ってないだろ!』と我慢してきた怒りが一気に湧き上がってくるのです。
これが、家庭内暴力やDVと言われるものとなるのです。

これらに対する方法は、まず『聴くこと』です。
彼らは、そもそも何を求めているのか?
何を言いたくて伝わらない、聞いてくれないと思っているのか?
ここから向き合ってゆくことです。
これには第三者の介入が必要となるでしょう。

具体的なことはさておき、ここでは、
家庭内暴力やDVなど「暴力」の根底には何らかの『怒り』の蓄積があることを書きました。
その『怒り』が何であるかを知るには、相手の言うことをよく聴くことです。
精神分析という方法によってその怒りを明らかにすることが可能です。

聴いているにも関わらず、解らない、聴けない方、興味を持たれた方は
シニフィアン研究所までお問い合わせください。http://signifiant-lab.com/
勉強会、講座もあります。 http://signifiant-lab.com/#10 http://signifiant-lab.com/#11


2012年10月31日(Wed)▲ページの先頭へ
299)引きこもりと自己奪還
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「引きこもりと自己奪還」 について書きたいと思います。

「母性剥奪」という言葉がありますが、
「自己剥奪」され、人間でないものにされてしまった人が、
自分というものを取り戻すことを『自己奪還』と呼んでみました。
ここでいう「自己剥奪」とは
自らの意志と考えによって言動することを根こそぎ奪われている状態のことをいいます。
「自己奪還」とは、自らの意志と考えに基づいた言動を取り戻すことです。
それは≪私は人間だとの自己規定≫でもあると思います。

自己奪還のためには、まず「引きこもること」が必要であることを書きたいと思います。
「奪還」という言葉は「剥奪」に対して用います。
つまり、根こそぎ奪われているから奪い返すという意味です。
奪還という言葉を使うに至ったのは
日々の精神分析という面談の中で、クライアントの叫びとして聞こえてくるからです。
非行や引きこもり、不登校、いじめ、うつなど子どもから大人に至るまで
≪私は人間だ≫との切実な叫びを痛感しています。

ある引きこもりになった男性(以下Sさんと呼ぶ)の言葉を紹介したいと思います(本人の了解済)。

自分は今まで、親をはじめとする周りの人たちの姿や言葉に従ってきた。
そして、それに対して何の疑問も抱いていなかった。
ところが、あるきっかけから引きこもり、気付いたことがある。
今まで自分の考えや意志がなく、周りに用意されていたことに従っていただけだった。
引きこもりと言われるようになって初めて、
自分というものが無かったことに気が付いた。
何も語れない自分を知った。
そして、今、自分が何を考え、何を求めているのか、いないのかを見つめている。
そんな暇さえ持っていなかったことに驚いている。
初めて迷っている。初めて真剣に悩んでいる。考えている。

このようにSさんは語りました。
Sさんは引きこもったことにより、周りに用意されている事柄に対して受身であったことに気付いたというのです。
例えば、学校や習い事、就職、仕事などに対しても
自らの意志で積極的に関わってこなかったことに気づいたのです。

Sさんは、引きこもることによって、その機会を得ることができた。
否、このままでいいのか、との無意識からの強いメッセージにより
引きこもりという状態になった、とも考えられるのではないでしょうか。
こうして考えてみると
引きこもることは、知らないうちに自らの意志と思考を剥奪された自己を奪還するための一つの方法ではないかと思うのです。

ここではSさんの言葉を中心に書きましたが、
引きこもることは、自己剥奪された人が自己奪還への叫びの行動化の一つだと思えてくるのです。
つまり
人間でないものにされてしまった人が、≪私は人間だ≫と叫んでいる姿のように感じるのです。
人間であるとは、言語で語れることの意味で使っています。
分析家はその語らいを聴いています。
受身から能動への転換、
それが自分らしく生きていくことでもあるのではないでしょうか。

シニフィアン研究所のHPはこちらです。http://signifiant-lab.com/
「不登校の子どもの母より」サイトhttp://signifiant-lab.com/escape/
「思春期の悩み」サイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/も参照ください。


2012年10月21日(Sun)▲ページの先頭へ
294)否定・拒絶・無視=自分がなくなる
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「否定・拒絶・無視=自分がなくなる」 について書きたいと思います。

《291)自分が壊れてしまう不安や恐怖ーまとまりを持った自分の解体》で、
自分という存在は他者によって構成されると書きました。
そのためには、鏡像体験が必須だとも書きました。
ここでは、
鏡像体験によって構成された「自分」という存在がなくなるのは、一体どういう時かを考えてみます。
結論から言うと
『否定・拒絶・無視』に出会った時だと言いたいと思います。

うつや不登校や引きこもりなどをはじめとして、
立ち止まってしまって動けなくなった時、
ほぼ共通して口にする言葉があります。
それは≪どうせ・・・≫です。
この言葉は、あきらめの気持ちや無力感から出る言葉です。
つまり、立ち止まり、そこから前へ進めない情態を表します。

このような情態はどうして起きたのでしょうか。
それは何らかの「否定」「拒絶」「無視」などに出会ったと感じているからではないでしょうか。
中でも、
自分が心を寄せている対象(人、場所、もの)からそのように扱われた場合、
一気に自分の存在が無化されたと感じることでしょう。
これらは、自分の存在価値を見出している対象=自分自身=鏡像体験
このように感じている証拠でもあります。
ここから
「対象にとって自分は存在価値がない」と思った瞬間、
この時、自分自身が消滅した瞬間だと言えるでしょう。

つまり、うつや不登校、引きこもりなどは、
心を寄せている対象からの『否定・拒絶・無視』に出会った、
あるいは、それらの蓄積があった可能性が考えられます。

社会の中で、これらに出会うことは避けられないことでもあります。
だとするならら、
家庭内では、これらの反対
つまり、『肯定(オールOK)』が満ち溢れている環境が非常に大切になってきます。
社会では『否定・拒絶・無視』が溢れていても
家庭内では『肯定(オールOK)』が溢れていたなら
人は安らぎと癒しに包まれ、エネルギーを回復する。
つまり
≪自分という存在の回復≫
このように言えると思うのです。

家庭内が安らぎと癒しの場所=安心と安全の場所
それが基本となるでしょう。
それがもし、なかったなら
家庭外に求めるしかありません。
だから徘徊し、たむろし、刹那の居場所を見出そうとするのでしょう。
人は自分の居場所なくして生きられない存在なのです。

セラピールームはその居場所(安心と安全の場)でもあります。
シニフィアン研究所にもあります。
居場所が欲しいと思った時はHPをご覧ください。http://signifiant-lab.com/


2012年07月06日(Fri)▲ページの先頭へ
238)「不登校の子どもの母より」―新しいサブサイトのご案内
シニフィアン研究所(埼玉県上尾市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。

今日は、シニフィアン研究所のHPの新しいサブサイト開設のご案内です。

タイトルは「不登校の子どもの母より」
自らの「うつ病」と子どもの「不登校」に悩む一人のお母さん(Mさんと呼びます)が
精神分析と出会い、
娘さんの「不登校」をどのようにして受け容れられるようになっていったのか、
また、自身の「うつ病」とどのようにバランスをとりながら、
娘さんに向き合ったのかが記されています。
出会って、約3年後に頂いたものです。

サイトでは「手紙」としていますが、
原文は通常の手紙形式ではなく、
≪今のわたし≫と題して、Mさんが心の整理をするために書いたものです。

大津市の市立中学2年男子生徒が自殺したことを巡って行われた全校アンケートで「(男子生徒が)自殺の練習をさせられていた」との回答を市教委が公表しなかった問題で、市教委が加害者とされる同級生らに対して直接、真偽を確認していなかったことがわかった。(一部引用)

このように
「不登校」や「ひきこもり」だけでなく、
非行や様々な子どもの問題行動で悩んでいる方も多いと思います。
その方々に
Mさんの手紙が、少しでも何らかのヒントになればと思い
Mさん母娘の同意の上、HPに紹介させていただきました。
是非、ご覧下さい。

「不登校の子どもの母より」
http://signifiant-lab.com/escape/
併せて
オールOK子育て法のサイトも参照ください。
http://signifiant-lab.com/raise/
シニフィアン研究所のHPはこちらです
http://signifiant-lab.com/


2012年05月15日(Tue)▲ページの先頭へ
124)生んでくれと頼んだ覚えはない
一度はこの言葉を親に向かって吐き出したことがあるだろうか?
大抵は、思春期と呼ばれる時期に
親と意見の衝突や食い違いがあった時
たまりかねて
「生んでくれと頼んだ覚えはない!」
と、叫んだことがあるだろう
あるいは、心の中で叫んだ事もあるだろう

この言葉を子どもから吐き出されて
親としては一人前

子どもが親に向かってこのような暴言を吐き出せるのは
「親だから良いだろう」
大きな甘えの気持ちでもある

親からすれば
「口ばっかり偉そうな事を言って、誰のお陰でここまで大きくなれたと思ってるんだ」
「一人前な口きいて、やってることは何だ」
「世の中それじゃ 渡っていけやしない」
などなど
言いたいことは沢山あるだろう

逆に
最近は、こんな会話さえも無いに等しいくらい
家族間の対話は無い傾向にあるようだ
伝達はあっても、
じっくり腰を据えて
目を見詰め合って(にらみ合うこともある)
真剣に対話することもない

もし
子どもが、こんな言葉を吐き出したなら
しっかり受け止め、否定してやればいい
「偉そうな口きくんじゃない」
「親のお陰でここまで来れたんだ」
「そこまで言うなら、やってみるがいい」

親にしっかり否定され、
歯軋りして、悔し涙を抑えて
それを踏み台にして
その親を乗り越えてゆくのだから

子どもをしっかり叱り飛ばせるくらいの親であれ
それくらいに真剣にぶつかり合える親子であれ
父はしっかり語ること
母は口出ししないこと
もう母は馬鹿にされているのだから

子育て・夫婦・非行・虐待の相談はこちらまで
シニフィアン研究所 むかい あい
http://signifiant-lab.com/
http://signifiant-lab.com/raise/
http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/


125)叫びを聴いて!
「気になんかしてないさ」
「どうなってもいいんだ」
「どうせ誰も解らないんだから」
「人なんか信用できない」
このような言葉をいつも口にする
何度も言う
あるいは、強調して言う

それは
気付いて欲しい
解って欲しい
と、叫んでいることと等価

「気にして欲しい」
「信用して欲しい」
「解って欲しい」
と、必死の想いで叫んでいる
だけど
誰も気付いてくれない
解ろうとしてくれない

だから
反対の事を叫ぶ

その叫びを解ってくれるのは
同じく叫んでいる人だけだと感じる
それは
同調するから
共振するから
「お前も俺と同じことを叫んでいる」
だから集う
だからたむろする

そこは居心地がいいと感じる
解ってくれると感じ合える

同じ何か一つがあれば良い
それだけで通じ合うと幻想できる
それだけで
仲間意識を持てる
ゆえに
誰よりも一人を怖れる
その輪から離れることを怖れる

逆に
敢えて一人を選ぶ場合もある
その人は
心を開くことはない
なぜなら
閉じていれば傷つきは表面だけで済むから

どちらも
解って欲しい
信用して欲しい
と叫んでいることでは等価

叫びを知りたい方
聞いて欲しい方はこちらまでどうぞ

シニフィアン研究所 http://signifiant-lab.com/
子育てのサイトhttp://signifiant-lab.com/raise/もあります


2012年05月12日(Sat)▲ページの先頭へ
130)戦場の戦士
今や、子どもたちも戦場の戦士だ
そのように感じる
かつて
「男は一歩外に出れば、7人の敵がいる」
そのように言われた時代があった

それが今や
女性も子どもも社会と言う戦場で戦う戦士となった
大人はそれでも良いかもしれない

子どもはどうだろうか?
子ども時代から、大人世界に生きるのはどうだろう?
子どもは
わがままで、気ままで、大人の言う事は聞かない
自己中心的で、自分のことしか考えない
これが特徴ではないのか?

それが幼少期から
相手の事を考えることを強要される大人世界に参入する
塾だけでなく、数限りなくある「習い事」然り
メディア世界への進出は、すさまじいものがある

子ども時代に、子どもを堪能すること
つまり
わがまま、気まま放題を楽しむ時を持つこと
満足を味わう事
好きなことに没頭する体験をすること
たとえそれがゲームであっても良い
自己中と冒険の時間を持つこと

大人から見て「くだらない」「つまらない」「何の役にもたたない」
そのように思えることでも良い
没頭する体験

子どもを戦士にしてはいけないと思う
戦場の戦士にしてはいけない
戦士に心の安らぎは許されないのだから
何より
「安全と安心」が必須事項
安全と安心はPTSDの人にとって最優先的に必須のもの
戦士にはそれがない

子どもを戦士にしてはいけない!!
子どもにPTSDの種を蒔いてはいけない
安心と安全の衣で包んでやらなければならない
それが大人たちの責務だ
親としての責任でもある

親として子どもに何をすれば良いか?
勉強会をしています
興味のある方は
シニフィアン研究所 むかいあい までどうぞ
http://signifiant-lab.com/


134)空虚感と充実感
「虚しい」
「何をしても虚しい」
このように語る人がいる

この虚しさは何だろうか?
どういうことなのだろうか?

虚しい=むなしい=空しい
つまり
カラッポ=中身がない
スカスカ=連続していない
詰まっていない

積み重なっていない
それは
底に穴が空いている
受け皿がないから流れてしまう
だから、怖くて
前に進めない
思いっきり走れないのだ

まさしく【精神の骨粗しょう症】である

穴が空いているのなら、それを塞ごう
受け皿が無いなら、作ろう
繋がっていないのなら、繋げよう
そうすれば
積み重なっている・繋がっている実感が持てるだろう

積み重なっている・繋がっている実感があるとは?
それは時間的・空間的存在であること
時間が連続して積み重なり
空間的にも存在している実感があること
つまり
歴史的存在であると思えることでもある

それを持てたら
虚しさは充実へと変わってゆくだろう
空虚間に気付き、充実感へと変えたいと望むなら
シニフィアン研究所 <むかいあい>まで

http://signifiant-lab.com/
トラウマのサイトhttp://signifiant-lab.com/trauma/
摂食障害・リストカットのサイトhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
もあります


2012年05月11日(Fri)▲ページの先頭へ
151)リストカット (自傷行為)
両腕に無数の傷跡が生々しく残っている
リスカ=リストカット(自傷行為)の傷跡だ

「どうして?」と聞くと
「なんとなく」と返ってきた
「痛くないの?」と聞くと
「まあね」
「いつから?」と聞くと
「さあ 忘れた」

見る者には痛々しく映る
しかし
彼ら、彼女たちは
何の感慨も無いように淡々と語る

「気がついたらやってた」
「痛みで降りてくるんだよね」
「血を見ると、生きてるんだって感じる」
「ちょっとは親が気にしてくれるから」

女性には「過食・拒食」の経験者が多いようだ
傷つけることで痛みを感じ
それが自分の皮膚感覚を惹起させ
自分の境界を知る
ここまでが自分だと

そんな彼ら、彼女らと話していると
幼少期に「母との心地よい接触」が欠けている傾向がある
自分で刻印する「入れ墨」のようなものだ

自分が存在しているという実感
それが体感できにくいように感じる
誰も存在を認めてくれない
誰も気にかけてくれない
誰も抱き締めてくれない
だから
自分で自分を痛みで刻印し、抱き締める

【したくてしているんじゃない。だけど
 こうでもしないと自分と言う存在が認識できないんだ!】

そんな叫びが聴こえてきた

リストカット、拒食、過食でお悩みの方は
こちらを参照ください
『摂食障害―リストカット』
http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/


155)引きこもり―無気力
「やる気がない」
「積極的に何かをしようとしない」
「何もする気がおきない」など
これらの状態を『無気力』という

しなければいけない
これではいけない
なんとかしたい
このままではダメだ

頭では分かっているのに体が動かない
「よし、明日は頑張ろう!」
と思っているのに、いざ、その日になると
「まあ いいか」
と動かない
これの繰り返し
いわゆる【引きこもり】だ

これは
動因となるものがない
目標となるものがない
と言える
つまり
「欠如の穴」がないから

「欠如の穴」とは?
「無い」の認識のこと
例えば
1.お腹がすいた=空腹=欠如の穴
2.食べたいと思う=何か食べたい=欲望を持つ
3.冷蔵庫を開ける・コンビニ(スーパー)へ買いに行く=行動する
4.満腹=空腹が解消=満足

このように
「欠如の穴」を認識することが
欲望を持ち、行動へと人を駆り立てる

無気力な人の場合は
この【欲望】が湧いてこないから行動しないのだ
その根底には
【欠如の穴】の認識が無い
それを突き詰めてゆくと
最初の【満たされた状態】があることが必須となる
満たされた状態=穴がない
これがあるから「欠如」が認識できる

まずは「満たされた体験」が必要
次に「欠如の認識」
なければ作ればよい
そうすれば
必然的に「欲望」を持つに至る
欲望を持てば「行動」が生まれる
つまり
引きこもり状態の解消となる

興味をもたれた方は
精神分析的子育て法http://signifiant-lab.com/raise/
摂食障害―リストカットhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/
も参照ください。



159)意味ないじゃん!
人は意味を持って生きる存在
肉体も意味を刻印しながら身体となる
その意味が見出せない人は
「刺青」で刻印する

決して忘れないように
常に見て、触れて忘れないために
自らの目で見て
他者からの目で見られることによって
永遠に忘れないように
永遠に忘れられないように
素肌にまとうように刻印する

心の中に刻印できている人は
決して皮膚に刻印しなくても
誰にも見られなくても
自分だけが、心の内奥に刻印している
だから
誰にも盗られないし
誰にも触られない
自分だけのもの
ひとり占めできている

だから安心だし
安定している

生きる意味も
心の内奥から湧き上がってくる
勇気も元気も、湧き上がってくる
誰からも、もらわなくても湧いてくるのだ

どうしたら
心の中に刻印できるのだろう?
それは
最初に世話してくれる人=母なる人によって与えられる
与えられたからこそ、取り入れられるのだ(内在化)
与えられなかった人は、取り入れようが無い
だから
後で、自分で刻むのだ
刺青として

あるいは
常に側に居てもらうことによって補う
片時も離れないようにくっついていることを求める
そう
まるで「赤ちゃん」のように
一人では居られない
寂しくて、淋しくて、やり切れなくなるのだ

だから
時には
【意味ないじゃん!】
と、諦めたような言葉を吐く

生きる意味がないから、誰か与えてよ!と、叫んでいるように聴こえてくる
そして、同じ叫びを持つ仲間が群れる
肩を寄せ合いながら
【一人じゃないよね!いつも一緒だよね!】
同じ刺青を入れて「絆」を深めたかのように感じる

【意味ないじゃん!】
その通り
意味などドコにも無い
意味は自分が創り出すのだから!

意味を持っていますか?
無いなら
創り出しましょう!!

精神分析的子育て法 http://signifiant-lab.com/raise/
摂食障害ーリストカット http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/是非、参照ください




2012年03月21日(Wed)▲ページの先頭へ
177)無気力からの脱出
「無気力」
これは気力がないこと。
積極的に物事をしようとする意欲に欠けること。
辞書にはこのように書いてある

怠けているわけじゃない
やる気が出ないのだ
『可もなく、不可もなく、とり立てて大きな不満もないが、
 すごく楽しくてたまらないという満足もない』
なぜ、やる気が出ないのだろう?

以前にも書いた気がするが
これは
【誰かから強く求められた体験がない】
「あなたが居ないとダメだ」
「あなたでないと他に誰も居ない」
「あなただけ!」
このように、誰かから切望されたことがない

切望され、欲望されたとき
人はやる気が湧いてくる

人から聞いたことがある
引きこもりになってゲーム三昧の日々だった人が
大震災の被害状況をテレビで見て、
ボランティアとして参加したという
最初は、
何らかの強い意志を持っていたわけじゃない
ただ、「何かできるかもしれない」
それくらいの気持ちだったらしい
引きこもっていたこともあり
体力的にも大きな何かをしたわけでもないのに
ある時
『こんな自分でも必要とされている』
そのように感じたという

それから自分の中で、何かが変わった
自分は必要とされている=存在する意味がある=生きる意味がある

それ以後、その人がどのようになったかは、想像に難くない
誰かに必要とされる事によって
そこに自分の生きる意味を見出したのだ
無気力で引きこもり
無意味しか見出せなかった日々が
一転して気力溢れ
気力は行動を生み出し
その人を根底から変えた

必要とされる=欲望されることによって
まさしくその人は
自分の人生を書き換えたのだ

無気力なのは、怠けているのではない
必要とされた、欲望された体験がないのだ
だから気力が湧いてこないのだ
強く欲望すること
強く必要とすること
それが
無気力から脱する方法である

生きる意味を見出したい方
やる気を出したい方
シニフィアン研究所のHPも参照ください
http://signifiant-lab.com/
摂食障害・リストカットのサイトはこちらですhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/


   


「精神分析」は、薬物や催眠、暗示など一切使わず、相談者(クライアント)と分析家(インテグレーター)との1対1の対話や夢分析により、自分の無意識に気付き、コンプレックスを解消する信頼に基づいた方法です。
クライアントの自我は、様々な理由によって未成熟であったり、歪んでいたり、傷ついていたり、欠損していたり、不完全な状態で浮遊しています。それに確かな形と安定を与えることが精神分析(セラピー)です。その過程で、ありのままの自分でいい、自分は生きる価値があると自信を持ち、自己愛や自己決定力が高まっていくのです。
このように精神分析は、自己を知ることの喜びと成長をもたらします。インテグレーターはクライアントの援助者であり、伴走者です。また、クライアントの意志を大切にしますので、強制したり無理強いすることはありません。
自分の人生は、自分が書き換えてゆくんだ、との勇気と根気を持って歩むならば、必ず自己探求の喜びと幸せを自覚し、自らの意志で未来を切り開いていくことでしょう。




カレンダ
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